「日本の鉱物」展示解説 1996



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地球史と鉱物鉱物の時計生命と水と酸素(鉄鉱石)身の回りの鉱物

地球史と鉱物

鉱物は記憶する−鉱物の中の時計

 鉱物の中には、自らがマグマや岩石の中で形成されてからの時間を記録してくれているものがある。鉱物の中には、微量だが不純物として放射性同位元素を含むものがある。例えば、質量数235のウランの原子核は、半減期約13億年で壊れていく。最終的には質量数207の鉛にすべての原子核が変化してしまうのだが、いまのところまだ地球上にはウラン235はかなり残っていて、それを原子力発電に使ったりするわけである。そこでウラン235を含む鉱物を採集して、その鉱物中に含まれる親核種ウラン235と、娘核種の鉛207の量を測定する。原子数が両者とも同数の場合、その鉱物は形成されてからちょうど半減期の13億年経過している、ということが分かるわけである。もちろんこの場合、鉱物中にもともと娘核種の鉛207がまったくないか、あるいは別の方法でもともと含まれていた鉛207の量が推定できることが必要だし、鉱物ができてから、親核種・娘核種共に外部との出入りがなかった(閉鎖系にあった)ことが必要である。

 このような原理が応用できる鉱物には、例えばジルコンという鉱物がある。この鉱物は不純物としてジルコニウムの代わりに数百ppmから数千ppmのウラン及びトリウムを含んでいる。そして本来ほとんど鉛を含まない。そこで親核種と娘核種の量を測ってやれば、形成年代が求められるわけである。こうして地球最古のジルコン粒子は42億年以上、またカナダで1989年に発見された最古の片麻岩のジルコンによる放射年代値では、39.6億年という値が得られている。

 もちろんどんな鉱物でもこの時計が使えるわけではなく、半減期(あるいは壊変定数)がわかっていて、それが測りたい年代値に対して長すぎずまた短すぎない放射性同位元素が、測定するに十分な量が入っていて、さらにその親元素と娘元素の両方をきちんと保持する都合の良い鉱物でないと測定は難しいのである。

生命と酸素と水(鉄鉱石)

 世界の大規模な鉄の鉱床は、ほぼ例外なく27-18億年前に形成された、浅い海の地層に伴われている。非常に薄いチャートと鉄鉱物(赤鉄鉱 、磁鉄鉱、黄鉄鉱など)の互層からなるので、縞状鉄鉱層と呼ばれる。

 この成因には諸説あるが、ひとつには光合成生物の繁栄により大気・海水中に遊離酸素が増加し、還元的な(酸素のない)状態から酸化的な(酸素のある)状態へと地表が変化し、その結果海水に溶けていた鉄の二価のイオンが溶解度の低い三価のイオンに酸化され、大量の水酸化鉄(III)の沈澱を引き起こしたのではないかと考えられる。

 光合成生物の生産した酸素は、まず地表と海水の酸化に消費され、この過程で大量の酸化鉄の沈澱・堆積を引き起こした。そのあとにゆっくりと酸素は大気中に蓄積されはじめ、ある濃度でオゾン層が有効に機能し始めて、生物の陸上進出を可能にした。現在の地球大気は、過去の光合成生物の遺産であるとも言える。

 地球史の大部分を通じて光合成の主役は、シアノバクテリア(藍細菌)と呼ばれる生物であったと思われる。これは我々人間の細胞などとは異なり、核と細胞質の区別がないので、原核生物と呼ばれる原始的なグループの生物だが、化石がストロマトライトと呼ばれる構造体(一種の生痕化石)の中に見出される。

 その化石が現在生存しているシアノバクテリアの形態とそっくりであること、化石をつくる炭素の同位体比を測定すると、現在の生きているシアノバクテリアとほとんど同じ値を示すことなどから、現生のシアノバクテリアとほとんど同じような光合成をする生物であったと考えられている。

 シアノバクテリアの化石は、約35億年前のオーストラリアと南アフリカの地層から見出されたものが最古である。ほぼ同時にストロマトライトも地層中に現れ、先カンブリア代を通じて各地の地層に見られる。古生代以降になるとその化石は少なくなるが、現在でもストロマトライトが形成されている海岸が、オーストラリア北西部のシャーク・ベイなどに知られている。

 真核生物である緑藻の化石は、21億年ほど前から知られている。


身の回りの鉱物

水晶

 クォーツ時計のクォーツはすなわち石英quartzのことである。これは電圧をかけるとある特定の周期で振動する石英(水晶)の薄い小さい板(水晶発振子)をつくり、その振動数を電気回路で測って時間を決める仕掛けである。

 水晶発振子の用途は広く、コンピューターはもちろん家庭のテレビにも、ラジオにも、数個は必ず使われている。非常に振動数が安定しているので、たいへん便利な素子である。

 この水晶発振子は、戦前は天然の水晶から切り出してつくっていた。不純物のない透明な水晶 の結晶を、特定の角度で切り出し、大きさと厚みを必要とする振動数を得られるように調整し、両端に電極をとりつければよい。戦前のアマチュア無線家は、岩石薄片をつくるように、鉄板とガラス板の上で磨き粉を使って水晶発振子を自作したという。

 石英はガラスの原料として重要である。最近では通信に石英ガラスを使った光ファイバーケーブルも使われている。光の透過性が良い、石英の性質をうまく利用したものと言えるだろう。

シリコン

 戦後は工業的に水晶を大量に生産する方法が確立し、水晶発振子に関して天然の水晶の需要はなくなったが、金属シリコンを使った半導体産業の発展は、水晶(石英)のあらたな需要を創り出している。コンピュータのマイクロプロセッサーやメモリーチップの基板として、石英から取り出した珪素(シリコン)が使われているし、太陽電池の素子にも単結晶シリコンが使われている。テレビやファミコンなど、家庭用電化製品のほとんどにシリコンの半導体が使われているから、我々は石英やシリコンの中で暮らしているといってもよい。

バリウム

 重晶石 はバリウムの硫酸塩である。海水からの沈澱物として、特に黒鉱鉱床に伴って、脈石鉱物(鉱床で採掘の対象にならない鉱物)として大量に産出する。バリウムは原子量が大きいので、X線に対する透過性が低く、消化器系の検診の際にバリウム化合物を溶いた液をコップで飲むのはそれゆえである。

 最近では、高温超伝導素材として、バリウムやコバルト、銅、イットリウムなどの化合物が注目されている。

リチウム

 リチウムは最近、2次電池素材として注目され、実用化されている。日本ではリチウムの大規模な鉱床はなく、花崗岩のペグマタイトに伴って数ヶ所でリチウム鉱物を産するのみである。リチア雲母 はリチウムを含む鉱物の中では最も普通のものである。リチア輝石は、スポジューメンと呼ばれ、ピンク色の透明のものは宝石としてたいへんに高価である。

砒素

 砒素は農薬原料の亜砒酸として利用されたが、その製造の過程での鉱害も問題になった。最近ではガリウム砒素(GaAs)半導体の材料として重要である。硫砒銅鉱 、硫砒鉄鉱、鶏冠石などとして採掘の対象になる。

 ニオブ・タンタル・希土類

 ニオブ・タンタルは、日本のような島弧地域の岩石には平均して濃度が低いことが知られるが、花崗岩ペグマタイトにコルンブ石 やタンタル石などとして含まれる場合がある。ニオブは特殊鋼・合金の原料に、タンタルはコンデンサー材料などに使われている。

 希土類(ランタン、セリウム、ネオジムなど)を含む鉱物には、モナズ石 などがある。世界的には、ブラジルのカーボナタイト(炭酸塩マグマ)鉱床の風化土壌に濃縮されて多く、これが主要な供給源になっている。日本でも花崗岩のペグマタイトに少量見られる。ネオジムは強力な磁石の材料として使われている。


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