初期地球表層環境についての地質学的情報

1996 博士演習報告 萩谷 宏

目次

1.初期地球と地質学

初期地球表層環境の記録

2.ARCHEAN GEOLOGYの概観

2.1 ARCHEAN GEOLOGYの問題意識 2.2 年代測定法の進歩 2.3 最古の地殻物質 2.4 最古の岩石の記録 2.5 グリーンストン帯・表成岩帯の記録 2.6 化石の記録 2.7 化石微生物の生息環境

3.地域地質の研究からわかること

3.1 初期地球環境を記録するもの 3.2 イスア地域の地質学的位置 3.3 海洋の存在 3.4 生命活動の痕跡−炭素同位体比から 3.5 海底熱水活動

4.表層環境の情報 -地球史的視点から

4.1 古海水温度の推定 4.2 大陸の存在 4.3 化石土壌(PALEOSOL)の情報 4.4 大気組成 4.5 堆積岩の変遷

5.地質構造の認識

6.地質学的情報の解釈

REFERENCES


1.初期地球と地質学

初期地球表層環境の記録

 地質時代という言葉は、地球史の中で地質学の対象となりうる地質体あるいは岩石が記録として残されている期間に対して用いられているわけだが、その意味するところの時間的範囲は、今世紀に入ってからの年代学の進歩と、より古い年代値を示す岩石の発見の繰り返しにより、大きな変化を経てきた。現在は最古の岩石が約40億年前、また砕屑粒子の鉱物年代で約42億年という値が得られていて、古い時代ほど断片的ではあるが、地球史の約90%は地質の記録が残っていることになる。

 地球型惑星の中での地球の特殊性は、むしろ記録を消す、あるいはつくりかえる方向の営力が常に固体地球表層ではたらいていることにあると言える。ひとつには火成活動を含めたテクトニクスという言葉に代表される、主に地球の形成以来の内部エネルギーの放出過程がある。これは地球の化学組成や体積の大きさなど、初期条件に大きく左右される項目である。これに加えて、太陽放射を水や生物活動を通じて表層の地形・地質の改変あるいは表層環境そのものの変化に効率的に利用するシステムが、地質時代を通じて機能してきたということが、地球の特殊性として指摘できるだろう。

 地質学がより古い時代を志向する場合、目標とするものは一般に2つの方向にまとめることができるように思われる。ひとつは過去の地球の表層付近の情報そのものを取り出そうという方向であり、最古の化石や岩石を探したり、生命の痕跡を安定同位体を用いて探ったりする試みは、このような方向にまとめられる。もうひとつは、それらの記録を保存している母体である、各種の地質体の形成過程を理解しようとする方向である。これは後者の対象が単に物理的に大きいだけではなく、前者が分析的な手法と問題意識で基本的に事足りるのに対して、より総合的な知識と解析手段を必要とする点で性格が異なる。またそれゆえに地殻形成プロセスのモデルはそのときどきの支配的なテクトニクスの認識に依存する部分が大きかっただろう。初期地球環境という場合には前者の問題意識を前提としている場合が多いように感じるが、個々の事象や証拠とするものの正しい認識により近づこうとするためには、あるいはその地質学的証拠がどのような意味をもつのか、ということを考えるためには、どうしても後者の、テクトニクスの地球史的変遷の問題や、結果としての地殻の進化の問題も避けて通ることができない。なぜなら、固体地球表層での放熱プロセスを中心に考えるならば、いかなる地質学的証拠も、それら地殻形成あるいは地殻改変のプロセスの結果として、現在まで保存されているからである。

例えばグリーンランド・イスアには約38億年前の地球表層環境を保存している地質体がある。それは現在のところこの種の地質体の最古のものであるが、ここから得られる情報だけでは、初期地球環境を語る上でまだ不足な部分が多く、それを補うためにより若い35-25億年前の地質から得られる情報を紹介する必要がある。さらに、何が初期地球と現在の地球の表層で変化しているのか、どのようなプロセスの結果としてそれが説明されるのか、というような地球史的な変遷の視点を入れて説明することも必要になる。地質学的な情報の蓄積は総量として膨大なものがあるのが現状だが、この場では全体としての見通しを重視しながら扱うことにする。

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2.Archean Geologyの概観

2.1 Archean Geologyの問題意識

Archean(=Archaean;太古代、始生代)は地質時代のなかで40−25億年前の期間を指している。この時代の地質体は地球上の大陸すべての、主にその内部の楯状地やplatform (クラトン)に分布が知られている。

初期地球の表層環境を知る手がかりとなるものは、カコウ岩・片麻岩類の中に挟み込まれるように帯状に分布する、表成岩帯(supracrustal belt)あるいは(ほぼ同義の)グリーンストン帯(greenstone belt)と呼ばれる、玄武岩質−コマチアイト質火山岩、縞状鉄鉱(banded ironstone/Banded Iron Formation =BIF)、炭酸塩岩、砕屑性堆積岩類などがいろいろの程度に変成・変形を受けながら保存されている地質体である。

一般にクラトンと呼ばれる地域の地質は複数の変成作用、火成活動を記録しており、その事件史の読みとり・解釈にはより若い時代の地質に比べて困難が伴う。

 Archeanのカコウ岩類にはTTG(tornalite-trondhjemite-granodiorite)と総称される、顕生代の造山帯のカコウ岩類に比較して、Kに乏しくCa, Naに富むような、より未分化な組成をもつものが普遍的にみられる。これらの岩石の希土類存在度パターンには顕著なEuの負の異常が見られず、重希土(HREE)の欠乏が見られる。このことはマグマの生成・上昇過程で斜長石の分別が起きず、ザクロ石の分別が起こっていたことを示すと考えられている。具体的に言えば、当時の大陸地殻はそれほど厚いものではなく、地殻内での分化が進行せず、また、それらのマグマの起源(形成)領域が上部マントルの深度に求められ、沈み込んだ海洋地殻に相当するざくろ石角閃岩を起源とすることを暗示している。

 一方、カコウ岩類の中でもクラトン内部で比較的若い年代を示すものには、Kに富み、Euの顕著な負の異常を示し、(La/Yb)CH比が大きく(コンドライトで規格化したREEパターンが著しく左上がり)、Sr同位体初生比は高い(enrichした)特徴をもつものがある。これは、大陸の成長・安定化に伴って大陸地殻内でのマグマ形成あるいは分化過程が地殻形成プロセスにおいて重要になってきた結果と解釈されている。

一つのクラトン内部に記録される火成活動には、ある程度まで同じようなパターンが見られることも指摘できる。グリーンランドの地質学的な事件史(地史)を表1に紹介するが、これに見るように年代的に最も古いものは、トーナル岩質の片麻岩か、グリーンストン(主に角閃岩)または表成岩である。これまでは、一般にグリーンストンの示す年代が周囲のトーナル岩質−カコウ岩質片麻岩などよりも古いと考えられてきたが、最近の調査や年代測定の結果はむしろ後者の方により古いものがある場合が多いようである。(Bridgewater et al.,1989; Compston et al., 1988;)。

 近年、地質学のある程度独立した専門分野としてこれらの地質体を研究の対象とするArchean geologyというカテゴリーが確立されつつある。その背景としては、後に述べるように年代測定技術の発達や、月の探査の成果をはじめとする惑星科学の発達、顕生累代のテクトニクスの解明、といった展開が1970年代以降に集中して起こったことが要因として大きいと思われる。

現在の地質学者の関心はとりあえず以下のような項目に整理することができるだろう。

1)プレートテクトニクスは地質時代のどこまで遡れるのか?

  ...テクトニクスの変遷

2)特別な岩石の出現

  ...コマチアイト/斜長岩/チャルノカイトなど

3)過去の地球は熱かったのでははないか? (=地温勾配の変化)

...地球内部の物理化学条件の変化

4)隕石重爆撃とそれが地表や地質体の形成に関与した可能性

5)生命の起源と初期地球環境

   ...大気・海洋の進化

6)大陸地殻(及び大陸下マントル)の起源と 進化(量的・質的変遷)

2.2 年代測定法の進歩

 -特にU-Pb法(zircon・SHRIMP)について

 1980年代後半は最古の岩石に対する年代測定の記録ラッシュであった。これはひとえに年代測定法の進歩に負うところが大きい。ジルコンのsingle grainでのU-Pb同位体比測定が可能になったこと、あるいはオーストラリア国立大学(ANU)にある略称SHRIMP (Sensitive High-mass Resolution Ion MicroProbe)と呼ばれる一種のイオン・プローブにより、一個のジルコン粒子からこれまでにない精度でU-Pb年代が測定されるようになったことが、大きな貢献を果たしている。

ジルコン(ZrSiO4)はシリカやアルカリに富む岩石(例えばカコウ岩)に副成分鉱物として普遍的に含まれるが、Zrのかわりに少量のUやThを含む。(通常100-2000ppm程度)。一方娘元素の鉛はジルコンの結晶時にほとんど含まれない。また結晶の格子が密で結晶内でのU及びPbの拡散が非常に遅く閉止温度(closure temperature)は約650゚Cといわれており、きわめて高いことなど、年代測定にはきわめて好都合な特性を持っている。さらに硬度が高く、酸にも侵されにくいことなど、風化に対して強い特徴があり、重鉱物なので分離も比較的容易であるなどのメリットもある。

 また、U-Pb系を用いることのメリットのひとつに、238U-206Pbと235U-207Pbの、壊変定数の異なる両方の系列を同時に用いて測定が可能であることがある。

ジルコンの結晶は普通数100μmの大きさであるが、SHRIMPは径数10μmの領域で同位体比が測定できるため、結晶のコアとリムで何カ所も測定することができる。このため、マグマから結晶化した年代、その後に熱的な影響を被った時代(変成年代など)をそれぞれ分離して求めることができる。

 これまでは、ジルコンの結晶を何個も同時に処理するか、精度の良い場合でもまるまる1個の結晶を処理してPb-Pb年代を得ていたので、結晶全体で平均化されてしまった値を見ていたわけである。このことに対して、解像度という点でSHRIMPは飛躍的に進歩している。(例えばBowring et al., 1990)

 しかしながら、年代測定の解像度の向上により新たな問題も生じている。そのひとつは、マグマに混入したと考えられる、起源の異なるジルコンが多数発見されるようになったことである。その年代値が何を代表するのか、すなわち捕獲結晶、火成イベント、変成イベントのどれに対応するのか、ということを充分検討する必要性が生じている。

 Acasta片麻岩を例にとると、コンコーディア付近の年代がくっきりと39億年以上と36億年前後に分離しており、前者がマグマが固結して岩石をつくった年代、後者はいろいろな間接的な証拠から変成年代に相当するものと考えられている。

 最近はジルコンの形態や微量元素組成で、砕屑粒子を含めジルコン一粒一粒の起源を推定するような方向の知識の蓄積も進んでいる。

 また、ごく変成度の低い岩石でもジルコンのPb-Pb年代が若返ってしまっている例が報告されている(Claoue-Long, et al., 1988)。これは一種の変質作用の結果と解釈されているが、年代値の数値をそのまま信用できない場合もいくつか報告されている。現在のところこの手法も絶対とは言えず、性格の異なる複数の方法で年代値を求めて、その上で意味付けをすることが望ましい。

 このほかにもSm-Nd全岩アイソクロン年代及び143Nd/144Nd初生比(あるいはεNd)、Ndモデル年代(TCHUR, TDM)を求めることが一般的になってきた。Nd同位体組成は個々の岩石を作ったマグマや材料物質の起源にとどまらず、マントル−地殻系の進化に重大な制約条件を与えるものである。また最近では、特に超マフィック岩などについてRe-Os法を適用する場合もある。

年代測定の結果の数字の扱いには注意が必要である。前後関係などの相対的な評価に適用すべきである。統計的な処理を加えると年代値の誤差は2Ma以下になる場合(U-PbジルコンSHRIMP年代)も多いが、中規模の深成岩体(径10km)が冷却・固結するのに、約10 m.y.を要する例が知られている(佐藤他, 1986)。また、論文のデータをよく読むと結晶のコアよりもリムで測った年代値の方が測定誤差範囲を越えて若干(数Ma程度)古い年代が得られている場合があるが(例えばBowring, et al.,1990)、これなどは結晶が外側へ成長していく限りあり得ないはずの現象である。この年代値の差が実質的な誤差範囲であると理解することができる。要するに地質現象そのものの時間スケールを越える正確さは無意味なものであるとも捉え得るし、数字はある程度の目安と考えるべきであろう。

2.3 最古の地殻物質

 地球上で現在もっとも古い地殻物質の痕跡は、オーストラリア・Narrier山及びJack Hill付近の33億年前の礫岩から見いだされた、41−43億年の年代を示す、円磨されたジルコンの砕屑粒子が知られている(Froude et al.,1983; Compston & Pidgeon, 1986)。現在までのところそのジルコンを初生的に(最初に晶出した状態で)含有するような母岩は確認されていない。しかし、ジルコン粒子の微量元素の特徴などから、これらの粒子は本来比較的Na・Caに富むカコウ岩(例えばトーナル岩)を構成するものであったと推定されている。

 地球形成期に大規模なマグマ・オーシャンが存在したとする考えが近年有力であるが、Kato et al.(1988)はこのジルコン粒子のHf/Lu比と、Mg-perovskiteとメルトとの分配係数から、少なくとも42億年前の時点においては上部マントルがマグマ・オーシャン中で分別・沈積して分離したperovskiteは数%以下に過ぎないと結論している。このことは初期地球の条件に制約を与える意味で重要であり、Ringwood (1990)は、たとえ42億年前の時点までのマントルの再均一化プロセスを想定したとしても、大規模なマグマ・オーシャンの存在を仮定する限り、この結果を説明することは難しい、としている。しかし、これには主に理論計算の側から反論もなされている。

2.4 最古の岩石の記録

 岩石として知られている最古のものは、カナダ北西部のGreat Slave湖付近に露出するAcasta片麻岩であり、ジルコンのU-Pb (SHRIMP)年代として約39.6億年の年代を示している。これまで地球史のかなり早い時期からdepleted mantleの存在が知られているのに対して、これに対応するものとして、マントルの分化に伴って生成するはずのenriched component(例えば大陸地殻)の痕跡は地質学的には30億年前以前にはほとんど知られていなかったのだが、この片麻岩はそのenriched componentそのものである可能性がある、ということが重要である。すなわち、Acasta片麻岩のBGXMと命名されたトーナル岩質片麻岩のNdモデル年代(depleted mantleからマグマが分離したと想定される時点)は41億年という古さをもつ。(Bowring et al.,1990)。

38-39億年の年代を示す岩石は南極Enderbylandのグラニュライト(Black et al., 1986)、グリーンランド南西部のAmitsoq片麻岩及びイスア表成岩、ラブラドルのUivak片麻岩(Nutman & Collerson, 1991)、北米ワイオミングのトーナル岩質片麻岩(Condie, 1981)などが知られている。

これらはいずれも角閃岩相〜グラニュライト相に達する変成作用を受けた岩石であり、そこでの現在までの風化・侵食やテクトニックな削剥の結果露出した、本来は地殻の中部から下部を構成する岩石であったものと捉えることができる。

2.5 グリーンストン帯・表成岩帯の記録

Archeanの地質体構成要素は(その多くは変成作用により片麻岩化した)各種のカコウ岩類と、表成岩あるいはグリーンストンと総称される(変成を受けた)火山岩・堆積岩類及び若干の深成岩(斜長岩など)からなるが、これらは、low-grade terrane (granite-greenstone belt), high-grade terrane, cratonic basinの3種類に大きく分類されている(Condie, 1982)。これまで述べた38億年以上の年代を示す岩石は、そのうちのhigh-grade terraneに属するものと考えてよい。

 これらの区分の持つ意味や相互の関係については議論があるが、(Kawakami and Mizutani, 1986; Nisbet, 1989;)、一般的には削剥の程度の大小の違いがhigh-gradeとlow-gradeの見かけの違いであると考える場合、あるいは単に側方変化と考える場合などがある。前者の基盤の上に後者が形成されたように見える地域もあるが、両者の関係はよく調べると断層関係であることが多く、またクラトンによってもかなり状況は異なる。例えばSlave地域の31.5億年前の片麻岩と27億年前のYellowknife累層群の礫岩との関係は、従来不整合と考えられてきたが、最近では断層関係であると解釈されている(Kusky,1989)。

 low-grade terraneの最古のものは、アフリカ南部のバーバートン帯とオーストラリアのピルバラ層群で、いずれも約35億年前以降の地質体である。この両者が最古の化石の記録を残しており、一方、より古いイスアの堆積岩では、化石として報じられたものが流体包有物として却下されたり、炭質物の炭素同位体の生物起源説についていまだに論争があることなどを考え合わせると、化石の記録の保存に関わる地質体の性格(変成度)の差というのは、我々が化石記録を認識する上で本質的な意味を持つことといえるだろう。

2.6 化石の記録

現在のところ化石として広く受け入れられている最古のものは、南アフリカ及びオーストラリアの約35億年前の地層から発見された、ストロマトライトおよび原核生物(cyanobacteria・バクテリア)と思われる微化石である。(Awramik et al.,1983; Schopf & Barghoorn, 1967)。南アフリカの場合はカープファール(Kaapvaar)クラトン中のバーバートン帯(Barberton mountainland)に分布するスワジランド(Swaziland)累層群の、フィグツリー層群及びオンバーワクト(Onverwacht)層群のチャートから多数の微化石が報告されている。それらは形態からバクテリア及びcyanobacteriaと考えられているものである。また、cyanobacteriaのつくった構造と考えられるものにはストロマトライトがあるが、それはバーバートン帯の各所の層準にみられ、ジンバブエクラトン内部のグリーンストン帯からも報告がある。

 ストロマトライトというのは石灰岩や縞状鉄鉱中の層状の構造につけられた名称であるが、現在でも西オーストラリアの一部の海岸などに形成が進行しているのを見ることができる。その観察からこのようなストロマトライトはcyanobacteriaのマットが細かい砕屑粒子を付着して成長していくものと解釈されている。

2.7 化石微生物の生息環境

 ストロマトライトやチャート中に観察される、バクテリア様の構造が果たして本当に生物の遺骸であるのか、あるいはストロマトライトが無機的に形成された可能性はないのか、という点をチェックするために、それらの構造体に残存する有機物の炭素同位体比の測定がなされているが、平均して -30‰前後の値を示し、それが生物活動によるものであることを強く示唆している。(Awramik, 1980)また、その形態から少なくとも6種類が識別されているが、現世のストロマトライトをつくるcyanobacteriaに驚くほど似ているという。(Schopf, 1992)

 これらの微生物がどのような環境のもとで生育していたか、地質学的な情報が残っていると考えられる例として、ここではオーストラリア北西部・ピルバラ地域のWarrawoona層群の例を紹介する。

 ピルバラ地域のNorth Pole付近に分布するストロマトライトが発達するチャート/BIFには重晶石(BaSO4)鉱床が伴われる。重晶石鉱床中には石膏(CaSO4・2H2O)の仮像が広く見られるという。Barley et al.(1979)によると、この層準は微化石に富み、場所によって浅海成のリップルマークが見られるとされており、チャートが石英砂岩などの砕屑岩と漸移することから、化石を含む層(ストロマトライト)は本来は炭酸塩岩を主体とするものであったのが二次的に珪化されたと考えている。現在の蒸発岩を形成しつつある場で珪化作用が起こることはよく知られている。Lowe(1983)は微化石の発見されたBIFのストロマトライトとともに、オンコライト(oncolite)を報告している。現世のオンコライトは比較的浅い海底で水流によって転がされながらcyanobacteriaのマットが生長してできるものと考えられている(Tucker & Wright, 1990)。最古の微化石が形態及び炭素同位体の特徴から光合成細菌であるcyanobacteriaであると考えられていることもあわせて、記載を読む限りこのBIFは浅海域で形成されたものと考えることが妥当ではないかと考える。

 そうすると、このような情報から復元される当時の環境は、蒸発岩を形成するような、塩分濃度の高い、浅い海が想定できるのかもしれない。実際にLowe(1983)はチャート(砕屑性の岩石が珪化)からストロマトライト、そして蒸発岩への一連の岩相変化をピルバラ地域のWarrawoona層群の上部から報告している。これはかなり広範囲にわたって存在した浅い海(内湾)が、次第に干上がっていったプロセスを見ているものと考えられる。

現在cyanobacteriaがストロマトライトを形成しつつあるのが観察されている、北西オーストラリアのシャーク湾の環境(高水温・高塩分濃度)は、当時のストロマトライト形成場を考察する上で非常に参考になるものかもしれない。しかしここで地質学的情報から復元されるのは35億年前の地表環境の一例であり、当時の地球表層環境一般を想像する場合には自由度をやや大きくとって考える必要があるだろう。

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3.地域地質の研究からわかること

グリーンランド・イスア地域の調査から

3.1 初期地球環境を記録するもの

 先に述べたように最古の岩石とされてきたものの大半は、TTGと総称されるカコウ岩類が片麻岩化したものであり、少量見られる表成岩類も、とりわけ38億年より古い岩石は一般に強い変成作用を受けており、原岩の情報を取り出すことは難しい。ここで紹介するグリーンランド・イスア(Isua, Isukasia)地域の岩石は、堆積当時の情報が取り出せるほとんど唯一の地層である。その当時=約38億年前の地球表層において、すでに大陸と海洋の地殻(リソスフェア)の特徴が現れており、かなりの量の大陸地殻が存在していたこと(Jacobsen & Dymek, 1988)、同時に液体としての水=海洋の存在の証拠である各種の堆積岩が形成されたこと、さらにプレート・テクトニクス類似の機構が成立していたこと(丸山・磯崎, 1992)が推定される。堆積岩源の各種岩石から有機炭素が検出されており、生命の起源に関わる初期地球環境の問題を扱う上で重要な情報を秘めている可能性がある。

3.2 イスア地域の地質学的位置

 南西グリーンランドの海岸地方には、南北約600kmの幅でArcheanの岩石の分布が知られている。内陸氷床に覆われているためよくわからないが、南東グリーンランドの海岸地方にも連続しているらしい。また、大西洋の開裂に関連して、ラブラドル海峡が古第三紀に形成されているが、これにより引き離されたと考えられる地質体がカナダ北東部・ラブラドル地域に分布している。その岩相や年代値はグリーンランドのものとほぼ一致する(Nutman & Collerson,1991)。この両者と、スコットランド北方からスカンジナビア半島にかけて点々と分布する片麻岩類をあわせて、北大西洋クラトンと呼ばれる地質区が識別されている。

 このうち首都ヌーク(Nuuk, =Godthaab)から北東に延びる、幅約20km、延長150kmのAkulleq terrane(McGregor et al. 1991; Friend et al., 1987)と呼れる地域には、30億年以上の年代をもつAmitsoq片麻岩が分布する。Amitsoq片麻岩として一括されているものには、38−34億年前に活動した3種類のカコウ岩類が含まれており(McGregor et al., 1977)、 おそらくそれらは30億年前までに高度の変成作用を受けて片麻岩になっていると考えられている。その3種類は古いものから順にそれぞれAmitsoq gray gneiss, Amitsoq white gneiss, Amitsoq pegmatitic gneissと呼ばれていて、化学組成、年代値、堆積物との対応などの証拠から当時の大陸地殻を代表しているものと考えられている。その片麻岩類中に挟み込まれるようにして、玄武岩質−コマチアイト質の火山岩や縞状鉄鉱、砕屑性堆積岩類を原岩とするものと考えられる変成岩(表成岩類supracrustal rocks)が切れ切れに分布している。これらはその形成年代から2つのグループが識別されており、古いものがイスア及びアキリア(Akilia)表成岩類、また比較的新しいものはマレネ表成岩類と呼ばれている。表成岩の分布で最大のものがイスア表成岩帯(Isua supracrustal belt)である。これは内陸氷床に接する直径約15kmのドーム状のAmitsoq片麻岩の周囲を取り囲むように、延長約40km、最大幅4kmの帯状の地域に玄武岩質火山岩や縞状鉄鉱、チャート・炭酸塩岩、泥岩・砂岩・礫岩などの砕屑性堆積岩類などを原岩とする変成岩が分布しているものである。このうち酸性火山岩から得られたジルコン粒子のU-Pb年代として3807±2Ma(38.07±0.02億年(2σ)...Compston, et al.,1986)が知られている。イスア表成岩帯の性格について、例えばNutman(1986)は大陸内の小規模な堆積盆に近いモデルを好ましいとしているが、丸山・磯崎(1992)の解釈では、この地域は当時の海洋プレートと堆積物の断片の集合(一種のオフィオライト)ととらえることができるとしている。先に述べたように、花崗岩類の"海"に挟み込まれた、このような地質体は一般にグリーンストン帯、あるいは表成岩帯と呼ばれる、25億年より以前に特徴的なものである。その中でイスアは現在知られている限り最古の地質体である。ただし、グリーンストン帯をオフィオライトとして捉えようとするとき、ほとんどのグリーンストン帯でsheeted dyke complexの欠如がいわれている(Kr*ner & Layer, 1992)ことなど、その形成のメカニズムには当時の主要なテクトニクスの認識と絡んで、議論が多い。

 イスア表成岩帯に見られる岩石はNutman (1986)に詳しい記載がある。

 実際に現地で調査してみると、海洋底を構成していたと考えられる枕状溶岩の直上の岩相に、BIF、鉄鉱を欠いたチャート(石英片岩)、泥質岩などのバリエーションがあり、チャート・泥質岩中に玄武岩質のシルが貫入しているのが観察される(Hagiya, 1992MS)。ここではチャートと述べたが、一般に珪岩(quartzite)と呼ばれる石英片岩は、変成チャートと思われているものが多いが、原岩は石英砂岩や酸性凝灰岩である可能性もある。これらを判別するためには残存する堆積構造など、産状の詳しい観察や重鉱物の分析などの検討を加えることが必要になる。堆積岩には明らかに浅海の環境の証拠となるものは見出されない。イスアの各種岩石の堆積場としての海洋底は、枕状溶岩直上の岩相が変化に富んだ堆積環境を示すことなど、ある程度の時間的・空間的広がりを表現している可能性がある。それは海洋底の性質の問題とあわせて、例えば中央海嶺系の起源と進化の問題に発展する可能性がある。あるいは中央海嶺以外に類似する顕生代のテクトニックな場を想定できないか、という検討が可能であるかもしれない。枕状溶岩の化学組成は島弧的であるようである。予察的にイスアの今回発見した枕状構造を残した変成玄武岩の3試料をTiO2-MnO-P2O5の3成分でプロットして、Mullen (1983)の分類と比較してみたところ、いずれもIsland Arc Tholeiiteの領域に入る結果を得た(Hagiya, 1992MS)。顕生代の玄武岩質岩のテクトニックな指標に用いられる、微量元素のデータを検討した結果も、Nbのdepletionを示すなど、同様の特徴を持つ。(萩谷:未公表)。これは珍しいことではなく、例えばCondie(1989)によれば地質時代を通じて地質体として保存される玄武岩質岩石は、Zr, Ta, Nbなどの微量元素組成でみると9割以上が沈み込み帯の火山岩の特徴を持つという。丸山・磯崎(1992)が指摘するように、現在のテクトニックな場の指標としている岩石の地球化学的な性質を、無条件に過去に適用できるかはどうかは検討の余地があり、単純ではない。現在の地球上のテクトニックな場の分類が地質時代のどこまで通用するか、時代を遡って検討が進んでいるが、今のところ原生代後期(約8億年前)以降は現在とほぼ同じテクトニック・プロセスが固体地球表層を支配していた、というコンセンサスは得られているといってよい。また、現在も過去も地質体に記録として残る岩石の種類や構成に偏りがある可能性は考えなくてはならないだろう。枕状溶岩を含む変成火山岩の主要元素化学組成はArchean特有のいわゆる低カリウムソレアイト質玄武岩であり、コマチアイトではない(Gill et al.,1983)。角閃岩相の変成度では変成作用の際に、アルカリ元素などを除けば、一般に大きな組成変化はあまり起こらないとされる。希土類などの変成などの際に比較的動きにくいとされる微量元素組成もそのことを支持する。このことは最初に述べた一般的な通念=初期地球は熱く、海洋地殻はコマチアイトで構成される、というイメージ(e.g., de Wit, et al., 1992)と調和的ではない。

 いわゆる"珪岩"だけではなく、変成を受けたグリーンストン帯の岩石の扱いには困難があり、組成から原岩を求めようとする場合には産状や微量元素組成まで含めて検討するのが一般的である。極端な例では、南アフリカのバーバートン帯のコマチアイトの中にはスピニフェックス組織(コマチアイトに特有な、カンラン石またはCaに富む輝石の骸晶や板状結晶の発達した岩石組織)を残しながら、組成はSiO2=90%以上というチャートのような見かけを呈する岩石があるという。(de Wit, pers. comm. 1990)。この原因には熱水変質に伴う珪化作用が考えられる。また、イスアにおいても主成分では砕屑性堆積岩の特徴(高いSiO2, Al2O3)を示しながら、REEパターンは玄武岩と同じものが多数見つかっている(McLennan et al., 1984)。これも熱水変質の影響を考えるべきだろう。熱水循環の通路では局所的に大量の流体が継続して通過するために、熱水変質で移動する物質量はその後の広域変成作用の際に移動する物質量よりもはるかに大きくなるからである。

 このような点に注意した上でも、これまで多数の分析がなされながらイスアの変成火山岩の中にコマチアイト組成のものが見つかっていない、ということはそれなりに意味のあることと思われる。海洋底を構成する岩石が玄武岩かコマチアイトか、という違いは過去の地球の姿を再現する上で非常に重要なポイントである。ひとつには上部マントルの温度状態に対する制約がつけられることがある。コマチアイトの溶岩が存在するためには1気圧下で1650゚Cもの温度が必要であり(Green, 1975)、一方玄武岩では1150゚C程度である。もうひとつは、テクトニクスのパターンが両者で異なる状態を想定することになる。玄武岩は高圧下でエクロジャイトに転移するが、コマチアイトではそれができない。したがってコマチアイト主体の海洋地殻には、現在の地球で想定されているような形での沈み込みの駆動はできないと考えられている。(ただしTakahashi (1990)のように海洋地殻上部にコマチアイトの分化物としての玄武岩/ガブロからなる層を想定する場合は、このような問題は一応避けられる)。さらに、海洋底での熱水変質を通じての大気・海洋と海洋地殻・マントルの相互作用を考えると、38億年前の初期地球環境や物質循環のモデルそのものに影響を与えることが予想される。

実際のところ、現在知られている各地のグリーンストン帯でのコマチアイトの全火山岩中に占める割合は、形成年代との相関はあまりないように見える。むしろクラトンごとの差が大きい(Condie, 1989)。

斜長岩の問題

 Archean anorthositeはProterozoicのMassif type anorthositeとは異なり、一般に本来の成層構造が明瞭ではなく、大陸塊の衝突境界に細長く挟み込まれるように分布して出現する。その出現形態から、大陸地殻というよりも海洋地殻の構成要素のひとつであった可能性が考えられる。かつては月の地殻との対比から、初期地球の成層構造の残存物ではないかという期待ももたれたことがあったが、年代値などからより新しい時代の産物であることに現在では異論がない。

 Archean anorthositeの複合岩体にはほとんど純粋な、非常に粗粒な斜長石(An95以上に達する場合もある)からなる層と、クロムスピネルとの互層を主とする部分を含むメンバーがあり、これに伴って斜長岩質はんれい岩(leucogabbro)−はんれい岩の岩層と、basalt-komatiiteの溶岩や堆積岩源変成岩からなる表成岩類を密接に伴う。斜長岩本体は、変成作用により本来の組成や構造を残していない場合も多い。これらの見かけの厚みは、グリーンランド南部のFiskenaesset Complexにおいては斜長岩本体で200m以上、はんれい岩主体の部分で400m以上、表成岩類で100m以上と見積もられている(Weaver et al. 1981)。この値はGodthaapfjordにおいて、直接観察したところでもそれほど変わらない。これらのメンバーの相互の関係、特に表成岩との関係は単純な漸移関係ではなく、断層に切られてよくわからない。

 このタイプの斜長岩が単純な結晶分化の産物とは考えにくい。表成岩類の玄武岩などには希土類元素の存在度パターンにEuの負の異常がみられ、成因的な関連が言われているが、露出している厚みの比からはとても釣り合わない。斜長石の組成が灰長石組成に非常に富むことも単純な結晶分化で説明しにくい。結晶分化の初期の高温段階にしか現れないであろう灰長石が、200mに達する厚みを持っているとすると、通常の玄武岩組成で考えるなら分化を起こしたマグマの全体量はその数十倍程度必要になる。全岩組成でみても、斜長岩部分はCaO =20%, Al2O3=30%にもなり、これは通常の玄武岩組成に対して2倍以上大きい値であるから、よほど特殊なマグマを想定しない限り、少なくともこの数倍以上の玄武岩質岩石がなくてはいけない。しかし、一般にこれらの斜長岩複合岩体では通常の玄武岩質岩石の占める割合は少ない。

 このことから、現在見ている斜長岩複合岩体は、当時の地殻の重なりの全体を代表せず、ごく一部を代表して見ているという可能性がある。それはどのような部分を見ているのか、どうしてそのようなことが起きたのか、検討が必要である。最近、斜長岩の成因については、比較的浅い位置で、継続的なメルトの供給によりそこにすでにある斜長岩と反応が進み、斜長石及びスピネルの成長が起こるというハイブリッド化モデルが提案されている。

 グリーンランドのArcheanにおいては、斜長岩複合岩体が観察される表成岩帯と、斜長岩が出現しない表成岩帯があり、この違いは何に由来するのかも問題である。イスア及びアキリア表成岩には斜長岩が出現しないが、イスアにおいては砕屑粒子として斜長石を多く含む堆積岩が報告されていること(Nutman,1986)など、その意味付けを検討する余地がある。

 イスアにおいては、周囲のアミツォク片麻岩とイスア表成岩の年代値が異なり。後者の方がより古い年代を示すことが問題とされてきた。しかし、最近のジルコンSHRIMP年代測定の結果は、従来36-37億年のアイソクロン年代を示していたイスア地域のアミツォク片麻岩の中から38.5億年前のジルコンを検出し、イスア表成岩の変成砕屑性堆積岩に示唆される後背地のある部分を、この片麻岩が代表することを示している。(Nutman and Collerson(1992))

3.3 海洋の存在

 イスアにおける、縞状鉄鉱や層状の炭酸塩岩チャートの存在、あるいは礫岩や堆積構造(級化層理など)を残した砂岩の存在、枕状溶岩の残存構造が普遍的に玄武岩質の岩石(変成岩)にみられることなどから、38億年前の地球表面にはその規模は不明であるが海洋が存在していたことがわかる。海水の組成について直接的な情報を得ることは困難であるが、堆積物の特徴は30-25億年前の各地の表成岩とあまり変化がないようである。

 イスア東部におけるBIFの産状は、枕状構造を残している玄武岩質岩石類の上に整合にチャート〜BIFがのっており、両者は玄武岩質岩脈によって貫かれている。BIFの上限は衝上断層で切られており、枕状溶岩から始まるユニットがまた繰り返している。イスアの露岩地帯の北東端にはこのような枕状溶岩−BIFのユニットが5枚以上繰り返してみられる。

 鉄鉱とチャートの互層は野外観察ではそれぞれ数mm〜数cm、平均して2cm程度のサイクルで繰り返している。露頭で観察する限り少なくとも10m以上の層厚があり、全部で1000を超える鉄鉱及びチャートのサイクルが認められる。鉄鉱とチャートの比率には変化があるが、玄武岩類の直上から約7m?のところまでは肉眼的に1:1で暗灰色、それより上位では鉄鉱の比率が低下して淡黄褐色の見かけをしている。厚さ1cm以上の鉄鉱の層は側方への10m程度の連続性は確認できるが、それ以上は露頭が急な崖であることなど、条件が悪いために確認できない。鉄鉱は最大で10cm程度の層があり、また5cmほどの鉄鉱層中には長径2cmほどの石英(チャート)質のノジュールが認められた。陸源砕屑物と思われるものは肉眼的には認められない。ザクロ石などの変成鉱物が見られないこととあわせて、変形あるいは変成の度合いがかなり低いと考えられる。これまでイスア地域の表成岩類の変成度は角閃岩相であると信じられてきたが、林(1992MS)はこのBIFの下位にある玄武岩質枕状溶岩の変成度を緑色片岩相としている。

 海洋の組成や堆積物を考える際には、海洋をひとつのreservoirととらえて、物質の出入りを考えるとわかりやすい。海洋に流入してくる物質は、陸上での風化の産物と海底での熱水活動によるものとを考えればよい。前者は風化のプロセスや程度にもよるが、砕屑粒子として固体のまま流入してくる場合がある。また、陸上の岩石が風化されると結局溶出してくる陽イオン(Ca2+, Mg2+, Na+, K+, ...)と珪酸と粘土鉱物とを考えれば良いことになる。特に原生代に特徴的な遠洋性堆積物と目されている、quartzite(=chert)-pelite-carbonateの組み合わせは、これら風化生成物に相当すると考えることもできる。これらは、熱水活動とのつりあいにもよるが、陸上に岩石があって風化を受ける限り、必ず海洋にある量が供給されることになる。海底での熱水活動では、その温度条件での水・岩石間の相互作用(イオン交換)を考えることになる。CO2分圧などは大気との相互作用において、また高いO2分圧は多くの場合局所的な酸化環境(光合成や光分解)を反映するとして理解できる。

 特に大気・海洋の一般的環境の指標として、縞状鉄鉱層(BIF)の存在は当時の海洋・大気が一般に還元的であったことが指摘できる。地質時代を通じてみると、縞状鉄鉱層の堆積する時代は限られていて、そのほとんどが約18億年以前に形成されたものであるといわれる。特にスペリオル型と呼ばれる大規模な(数万km2、厚さ数百m)BIFの存在は、通常の砕屑物の堆積のプロセスで説明できるものではなく、また砕屑物を多くの場合ほとんど含まないことから、海水からの化学的沈澱を意味すると考えられている。鉄のイオンは2価の場合は海水に溶けやすい性質をもつが、3価になるとFe(OH)3のコロイドを作って大半が沈澱してしまう。従って約18億年前までの海洋には鉄が2価の状態で大量に溶解しており、それが光合成細菌の生産する遊離酸素などによって酸化されて、3価の鉄となって沈澱したものがBIFをつくっていると一般に考えられている。スペリオル型の鉱床は25〜18億年前に集中的に形成されており、とりわけオーストラリアのHamersley層群(2.5Ga)とTransvaal累層群(2.5-2.3Ga)が規模の大きいものとして知られている。それ以前の時代にもグリーンストン帯の中に、分布は小規模ながら頻繁にBIFが出現する。18億年前以降では8ー6億年前に少量の鉄鉱層がカナダ・ブラジル・ナミビアに知られているに過ぎない。そこで、地質時代の中で縞状鉄鉱が地層の中に見られる18億年前までの期間は、海洋は2価の鉄が多く溶解している還元的な状態を保っていたと考えられている。

 またBIFは通常鉄鉱物(hematite, magnetite, etc.)と石英(チャート)の互層からなるが、このことは酸化還元電位あるいは海水のpH、温度、組成などの局所的な環境変動があったことを示していると考えられる。

 鉄を酸化する要因としては、光合成細菌による遊離酸素の生産(の変動)、紫外線によるH2Oの光分解によるO2の生産、海底熱水活動など諸説ある。ストロマトライトが存在する場合は生物活動を重視するのが一般的であるが、これまでのところイスアでストロマトライトの報告はない。

 BIFの成因を議論する場合に、鉄鉱物とシリカの互層がなぜ形成されるのかが問題にされてきた。特に深海性のものと思われる微細な縞(banding)をもつBIFについての議論はTransvaal累層群の研究(e.g., Klein and Beukes, 1989)などから底層水と表層水との混合のモデルによる説明が近年主流になってきている。すなわち深層の海水は海底熱水活動によって2価の鉄イオンを豊富に含んでいて、それが海洋のあるところで涌昇すると、表層の酸化的な海水と混合して鉄(シリカ)が沈澱する、というモデルが多く出されている。BIFの出現形態一般にいえることだが、面白いことに鉄鉱物が単独で塊状の産状を示すことはほとんどない。また、例えばイスアにおいてもBIFの内部または変成玄武岩類との境界部に塊状硫化物鉱床が発見されている(Appel, 1979b)ことなど、単純に現在のアナロジーとしての熱水活動にその起源を求めるには無理がある。他の地域のBIFでもそのような例は報告があるが、塊状硫化物鉱床を熱水活動によって金属硫化物を海底に沈殿させた結果を見ているものと考えるなら、BIFはそれとは関係せずに堆積が進行していたように思われる。

 トランスヴァール層群のBIF及び砕屑岩、炭酸塩岩についての希土類元素存在度パターンがKlein & Beukes(1989)によって検討されているが、パターンはやや左上がりの傾向を持つなど、他の岩相と濃度が1桁ないし2桁低い点を除けば、BIFの希土類元素組成は似た傾向を持っている。興味深いのは、それでもなおBIFの希土類存在度はコンドライト比で1倍から数倍程度の、顕生代の化学的沈殿岩と比較すると非常に高い値を持っていることである。例えばKlein & Beukes(1989)のまとめによれば、東太平洋海膨などの熱水性の珪質堆積物の希土類存在度は、コンドライトよりも3桁から4桁低い。現在の海洋が生物活動によりシリカの飽和レベルよりもかなり低い値に押さえられていることなど、単純に議論できない部分があるが、海水組成が現在と大きく変わっているとは考えにくい状態で、これだけの希土類元素存在度の違いを生じていることから、現在のアナロジーで当時のチャートやBIFを熱水循環の産物として単純にとらえることには無理があるだろう。シリカのコロイド、あるいは水酸化鉄コロイドの挙動と希土類元素の吸着プロセスや濃度変化の問題は、再現が難しいなど困難があるが、ひとつには時間スケールの違いが原因として指摘できるだろう。もし、急速にチャートやBIFの沈殿が進行すると、海水中からかなりの希土類元素が除去されることになる。これらの堆積盆の広がりを考えると、海水中での希土類濃度が時代によって大きく変わらない限り、急速な沈殿をすると物質収支が合わなくなる。おそらく、現在の熱水性堆積物などと比較して、希土類濃度は沈殿・形成に要する時間スケールにほぼ比例しているのではないかと予想される。ただし、この問題は扱うパラメータが多く、実験的・理論的な扱いの難しさがあり、厳密に扱うことは今のところできない。しかし、このような視点からは海洋組成の指標や遠洋性堆積物としてのチャート/BIFの利用の可能性が期待できる。

3.4 生命活動の痕跡−炭素同位体比から

 イスアの縞状鉄鉱層において、ストロマトライトの構造は現在まで確認されていない。球粒状の構造が報告され微化石(Isuasphaera)として報告された(Pflug & Jaeschke-boyer, 1979)が、それはむしろ鉱物(石英)中の流体包有物であろうという解釈も提出されている(Bridgewater et al.,1981)。イスアの岩石の結晶度から考えて、微細な有機物の構造体(微化石)が本来あったとしても再結晶の際に破壊されてしまっている可能性が高い。

化石という直接的な生命活動の証拠は得られていないが、泥質岩中の有機炭素について、炭素同位体を測定したところ平均 δ13C=-15‰という値が得られ、生命活動の兆候が指摘されている(Shidolowski, 1978)。この値は有機炭素の一般的な値が-20〜-30‰であるのに比べて絶対値としてやや小さいのだが、変成作用による影響が理由として考えられる。(Schidlowski, 1988)(変成作用の進行に伴い有機炭素のδ13Cの値の絶対値は減少する)。イスア表成岩は緑色片岩相〜角閃岩相の変成作用を受けており(林ほか,1992)、その影響は無視できない。しかし一方ではこの値が生物活動の結果とみることに否定的な見解もある。(例えば、秋山(1984)など)。例としては炭素質コンドライトのような隕石がもたらした炭素の可能性が挙げられるが、変成作用の効果によるδ13Cのプラス方向へのシフトを考えると、あまり妥当とは思えない。δ13Cをこれだけマイナスにシフトさせる機構は現在のところ生物活動以外には知られていない。また、炭素の起源を地球外物質に求めるのであれば、コンドライト中の存在度の大きい元素(例えばNiなどの重金属)が同時に検出されることが期待される。そのような視点でこの説は検証が可能であろう。

 ただし地球外物質という点では、現代の宇宙塵類似の微小球粒がイスア西部の縞状鉄鉱から検出されており(Appel, 1979)、impact fluxの問題とあわせて興味深い。同様の球粒はバーバートン帯の約35億年前の地層からも報告がある。(Lowe et al.,1989)。

 また、有機化合物としてはケロジェンの分解物中に飽和炭化水素などが検出されている。直鎖アルカンに奇数優位性(生物の脂肪酸に由来する)は見いだされない。塩酸処理した試料からアミノ酸も見いだされている(Nagy, et al., 1981)が、ラセミ化の進行具合から最終氷期以降に地下水を通じて汚染されたものであるとされている。Nagyらは変成作用に相当する加熱実験での有機物の安定性の結果からも、芳香族炭化水素をふくめ、アミノ酸などのほとんどの有機物は堆積時のものではないと考えている。

炭素同位体比についてSchidlowski et al. (1979,1988,1992)などによれば、有機炭素の同位体比δ13Cは地球史を通じてほとんど変化せず、-25‰程度であったという考えがある。一方、マントルから脱ガスしてくる炭素のδ13Cは-5‰、炭酸塩鉱物のδ13Cは0‰で、これもほぼ地球史を通じて一定であったと仮定する。すると、地球表層部に存在する炭素が有機物に使われる割合が計算できて、地質時代を通じて地表に有機物として存在する炭素量(の地球表層部に存在する全炭素量に対する比)はほぼ一定(約20%)であり続けた、ということになる。この場合、地質時代を通じて有機炭素が現在と同じ量だけ地表に存在していたと解釈するには無理がある。なぜなら、地表に存在する炭素量が変化していると考えないと、堆積岩中の有機物(ケロジェン)あるいは石炭や石油の蓄積がほとんどなかったであろう38億年前の地表は有機物だらけになっていたことになるからである。

3.5 海底熱水活動

 海底熱水活動の証拠を直接変成岩中から認識することは一般に困難であるが、それは熱水変質による原岩の化学組成・同位体組成の変化、あるいは金属硫化物などの鉱床というかたちで残存することが期待される(例えばSawkins, 1990)。

 イスア表成岩のあちこちの角閃岩(変成玄武岩類)中に黄銅鉱(CuFeS2)や黄鉄鉱(FeS2)などが散在していたり、小規模な塊状硫化物鉱床がBIFの内部や角閃岩との境界部に発達するなどの鉱化作用が認められる(Appel, 1979)。少量の層準規制(strata-bound)の方鉛鉱(PbS)が発見されており、その鉛同位体組成はこれまで地球上で知られているどの試料よりも始源的な(放射壊変起源の同位体が少ない)値を示している(Appel et al., 1981)。このことはイスア表成岩帯の変成玄武岩類の形成場について、大陸地殻物質(enriched material)の寄与がほとんどないという点で、海洋地殻的な場を示唆していると考えられる。

 層準規制型の大規模な塊状硫化鉄鉱床は30億年よりも前の地質体にはほとんど見られないが、それはこの種の鉱床の形成にバクテリアが関与しているからだ、という意見がある。実際、カナダの27億年前の金鉱床とアフリカ南部のWitwatersrand(25億年前)からは、生命活動の痕跡と思われる有機物に富んだ薄い層が報告されている(Downes et al., 1984; Zumberge et al., 1978)。

熱水活動に伴う硫黄バクテリア(硫酸還元菌)の活動も、硫黄同位体比δ34Sのシフトという形で証拠が残ることが期待されるが、38億年前のイスアにおいて、硫黄の同位体比については、硫酸還元菌の活動による影響(同位体分別)が認められないという結果が得られている。(Schidlowski, 1979)

層状の塊状硫化物鉱床(当時の海底熱水活動の産物と考えられる)の硫黄同位体比に、硫黄バクテリアの活動の痕跡がはっきりと認められているのは、カナダに分布する27億年前のWoman River BIFとMichipicoten BIFが最古のものといわれていた。(Ohmoto, 1992)。最近大本らは南アフリカのFig tree層群の黄鉄鉱から同位体のスプリットを検出し、硫酸還元バクテリアの活動が約32億年以上前に遡ること、海水中での硫酸イオンの安定性と酸素分圧との検討などから、当時の大気中に、従来考えられていたよりも高い濃度で遊離酸素が存在していた可能性を指摘している。

金属鉱床に伴う硫酸塩鉱物の出現は、一説には32億年前といわれる。海水中の硫黄がS2-/SO42-のいずれのかたちをとるかは海水の酸素分圧の増加と関連がある(酸化的になるとSO42-)ものと考えられているが、堆積場の局所的な(特殊な)環境条件で形成されたものを見ている可能性もある。ピルバラ地域の蒸発岩と考えられている硫酸塩鉱物などは、生物活動(光合成)などにより局所的に酸化的な環境が実現され、また形成された硫酸塩が海水から隔離されて、そのため分解されずに地層中に保存された可能性もある。

あまり早い時期に酸化的な大気が普遍的に存在していたと考えるのには、約16億年前まで大規模な縞状鉄鉱の形成が続いていることなど、困難がある。しかし生物源のものと思われる低い同位体比を持つ炭素の多い頁岩層が、Fig tree層群や、カナダの鉱床などで見られることなど、ある条件ではかなり活発な生物活動が行われた形跡がある。大量の炭質物の形成は無機的なプロセスではエネルギー的に非常に考えにくく、生命活動により形成された有機物の分解でつくられたものと考えるのが妥当であろう。イスアでも同位体的には騒擾されているが、炭質物の多い頁岩が見つかっていることなど、Archeanを通じて局所的な酸化環境は充分実現されていたと考えられる。

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4.表層環境の情報 -地球史的視点から

4.1 古海水温度の推定

 グリーンストン帯に現在見られる変成チャートを海水中での化学的沈澱物が原岩であると考え、その酸素同位体比を用いて堆積当時の海水温度を求めようという試みもなされている。Oskvarek & Perry(1976)はイスア地域の各所から採集した変成チャート中のシリカの酸素同位体比δ18Oを測定し、+12〜+20‰の値を得た。この結果と海水との間に同位体平衡が成り立っていたなどの仮定のもとで、堆積当時の海水温として0-146゚Cの範囲を推定している。(当時の大気圧が1気圧以上であった可能性もあるので)。この値は南アフリカの33億年及び25億年前のチャートのδ18Oの値でも同様の範囲である。ちなみに彼らは白亜紀のチャートの値として、δ18O=+30〜+34‰(海水温で約30゚C)の結果を紹介している。

一方、ストロマトライトをつくる生物の生存可能な温度域が現在の生物について知られている。例えばcyanobacteriaについては60-62゚Cの条件下で死滅するという実験がある。もしこれが過去にも適用できるならば、あまりに高い温度条件は除外することができることになる。

 地表温度のより直接的な制約条件になるものは、先に述べたピルバラ地域の35億年前の蒸発岩の中に残存する石膏(gypsum)の仮像がある。硫酸カルシウムが沈澱・晶出する際に、58゚C以上の温度条件では石膏ではなく硬石膏(anhydrite;CaSO4)が出現することから、当時の地表の温度条件が58゚C以下であったことが推定できる。

4.2 大陸の存在

 グリーンストン帯の存在が広く認識された1970年代には、その成因について月の地質にヒントを得たGreen(1975)のクレーター・モデルなどが提出された。Archeanの地質体の内部に斜長岩の岩体が特徴的に見られることから、地球にも月と同じように初期に斜長岩地殻が形成され、そこに隕石が落下して構造を破壊しクレーターの底を玄武岩−コマチアイト質の溶岩が埋める、というストーリーが提案された。しかしその後Archean斜長岩複合体のほとんどが32-28億年前の年代値を示すことがわかり、これらは月の斜長岩(44-40億年前)とは成因が異なることが明らかになった。

Acasta片麻岩の発見などから、カコウ岩(トーナル岩)質の大陸地殻は約40億年前にはすでにある程度の量が存在していたと考えられている。

イスアでは38.5億年前の大陸地殻の痕跡と解釈されるジルコンが砕屑粒子として検出されている。(Nutman & Collerson, 1991)。礫岩の存在(Nutman, 1986)や、露頭で級化層理などの堆積構造を持つタービダイト様の岩石が実際に確認されることなど、ある程度の広がりをもつ陸地の存在が示唆される。

砕屑岩の希土類元素組成パターンからは、その供給源(当時の陸地)が、トーナル岩質の岩石と玄武岩〜コマチアイト質の岩石を1:1で混合することで説明される(McLennan et al. 1984)ものが知られている。Archeanの砕屑岩の構成粒子は一般に火山岩を起源とするものの割合が高いといわれる(Condie, 1989)。また微量元素組成でみるとArcheanの砕屑岩は、Ni・Crの濃度が高い特徴が知られている(McLennan & Taylor, 1986)。現在露出するAmitsoq片麻岩地域は、せいぜい10-20%の玄武岩質岩石を挟んでいるにすぎないが、当時の陸域は現在よりもマフィック火山岩の分布する割合が高かったように思われる。

Nd同位体の研究からは、イスアの変成された火山岩類のεNdが正の値を示すことが報告されている。この火山岩類のもとのマグマが、当時の上部マントルのNd同位体組成を代表するものと仮定するならば、38億年前にすでに現在の30〜70%(Jacobsen and Dymek, 1988)あるいは40%(Jacobsen, 1988)の量の大陸地殻が存在していたことになる。もちろんイスアの火山岩類の起源領域で当時の上部マントルを代表させるというのはかなり荒っぽい話であるが、少なくとも depleteした領域が存在していたということは重要な制約条件である。イスアに限らず一般に30億年より古い火山岩類はその多くが同位体的にdepleteした特徴を示す。(図?)

最近の研究では、イスアの各種岩石の試料で測定した143Ndに加えて、あらたに 146Sm−142Nd系(146Sm:消滅核種=半減期約1億年)を用いて、上部マントルと大陸地殻の分離は44-45億年前にはすでにある程度起こっていた、とする解釈も提出されている。(Harper & Jacobsen, 1992)。しかしながら、同じ試みを行っていた2つのグループ(Galer & Goldstein, 1992; Bennett & McCulloch,1992)は、イスアの岩石はもちろん、Amitsoq片麻岩やバーバートン帯、ピルバラ地域の岩石、さらには最古の岩石として知られるAcasta片麻岩についても同様の測定を行ったが、142Ndの異常は検出できなかった。そのためこの結果には議論があり(Taylor, 1992)、試料のより詳しい記載と追加報告、各地のデータの集積が待たれる。

このような"痕跡"の情報とは別に、イスア地域を含む北大西洋クラトンは、それ自体が約30億年前にはすでにある程度の厚さと広がりをもち、比較的低温で安定した"大陸"を構成する一部であったという意見がある。これは、Amitsoq片麻岩に約30億年前以前に貫入したAmeralik岩脈群の存在が根拠のひとつになっている。もし現代の東アフリカや中生代以降の大西洋両岸のアナロジーが適用できるなら、この岩脈群は最古の大陸内リフトの痕跡と解釈することが可能である。過去の大陸の分裂にともなうリフトの初期段階では一般に中心から3方向にリフト帯が形成されるが、そのうち2本は海嶺に進化していき1本は発達をある段階でやめてしまう(failed rift)。その際に形成された地質体が長い間に削剥を受けて地殻の深部が露出すると、火山岩や堆積物は侵食されつくして、痕跡としては大規模に発達した平行岩脈群のみが残される可能性が高い(Burke, 1977など)。Archeanにおいては大陸地殻が薄く、しかも地温勾配が高かったためにリフトで大陸が割れ易く、3方向のリフトすべてが海嶺に進化してしまうのでfailed riftが形成されなかったという解釈もあるが、この岩脈群はその考えに対して否定的な証拠になるのかも知れない。そのほかにも、イスア地域のドーム状のAmitsoq片麻岩に貫入しているAmeralik岩脈相当の岩石には、コマチアイト組成のものが知られていること(e.g.Nutman, 1986)は興味深い。大陸内部の火成活動でコマチアイト質のものが噴出していたと考えられるからである。またこの岩脈がAmitsoq片麻岩に隣接するイスア表成岩にはほとんど貫入していないことから、イスア表成岩とドーム状のAmitsoq片麻岩がテクトニックに接合した事件よりも前にこの岩脈群の大半が形成されたとも考えられる。Ameralik岩脈群の年代値についてNutman et al.(1993)はジルコンのSHRIMPによるU-Pb年代として約35億年の値を初めて報告している。。

 28億年前にはその"大陸"は、広域的に分布するグラニュライト相の変成岩の示す温度圧力条件(Wells,1979)などから、厚さが約30kmに達していたと思われる。また、約30億年前に活動したカコウ岩質マグマ(現在のNuuk片麻岩)の形成の際に、38-34億年前の年代をもつAmitsoq片麻岩類がPb同位体的に影響していた証拠が認められる(Taylor, et al., 1978)。つまり、当時は現在の地表でみられるよりも広くAmitsoq片麻岩類相当の岩石が分布していたらしい。

大陸地殻の厚さには想定される地温勾配から制約があり、30km以上は考えにくい。大陸地殻があまり厚いと下部地殻が部分融解してしまうからであるが、クラトン形成史の後期に出現するpost-tectonicなカリウム質カコウ岩の成因をそのような事件に求める考えもある。このようなカリウムに富むカコウ岩の形成は、TTGの形成から数億年経って起こっていることが多く、どうしてそのようなタイム・ラグが生じるのか、あるいは具体的にどのようなイベントを表しているのかなど、未解決の問題である。

 現在残されている古い地殻が、過去に地球上にあった地殻の平均的なものを代表してくれているか、あるいは、量的にどの程度の広がりを持っていたのか、ということを検証するためには、その古い花崗岩質岩石を調べることだけでは片手落ちになる。当時の砕屑性堆積物がある程度の範囲の地表に露出した岩石の平均値を表しているものとしてとらえ、その情報を利用する必要がある。しかし、堆積物の情報は表層の岩石のみを集めてつくられ、一方古い大陸地殻が代表するのは、侵食の結果浅部が取り去られたものを見ているのが大半であり、より深いレベルを代表していると考えると、たとえその2つの方法で得られた結果が一致しないとしても、簡単に棄却せずに検討する必要がある。そのような意味で複数の方法を用いて相互にクロスチェックを試みることが、地殻組成やその進化を議論する場合には重要なことと思われる。

 堆積物を用いた過去の地殻の平均組成と、その変遷についての議論は、McLennan & Taylor(1985)以来、特にMcLennanによって精力的に各地の変成・非変成堆積岩について、希土類元素やトリウム・スカンジウムなどの微量元素を用いて、データが蓄積され、検討されてきた。彼はArchean-Proterozoic境界を、量の変化と平均化学組成変化の2つの点で、大陸地殻の進化において重要なイベントである、と一貫して主張している。しかし、彼らも堆積物のテクトニックセッティングに応じて見ているものが異なってしまうことを認めており、堆積岩の組成が大きく変わるとしていることの本質は、島弧的な特徴を持つグリーンストン帯の出現頻度の低下や、クラトン的な堆積物の増加といった、テクトニクスの変化を見ているに過ぎない可能性もある。

 このほか、大陸地殻の量的な変遷を論じたものとしては、 Kr*ner & Arndt(1986)による、北大西洋クラトンの20-16億年前の地殻形成の際のマグマのNd同位体比の検討から、この地域の地殻成長曲線を求めた研究などがある。カナダ盾状地の地殻成長についても、Hoffman (1989)のように地域地質からこの時期の大陸成長を重視した意見もある。これらはどこの地域に着目するかという地域性の問題でもあり、ゴンドワナ地域の南アフリカ・オーストラリアの研究者と北大西洋地域の研究者で意見が異なる傾向があるが、厳密な意味でその評価は難しい。これらを補うものとしても、中国・ロシアの地質についてのより詳しい情報が今後期待される。

4.3 化石土壌(paleosol)の情報

大気の酸化状態は、地表における風化生成物の組成を決定することが期待される。先カンブリア代の堆積岩に陸成の赤色風化層があることは、これまでに各地で報告されている(Kimberley & Holland, 1992)。最近では、Holland(1992)が化石土壌の風化生成鉱物のデータから、約22億年前に大気中のO2分圧が急激に上昇した、という説を主張している。古土壌に赤色風化層(red bed)が見られるのは18-22億年前以降とこれまで一般にもいわれていたが、彼は数1000万年の間に大気のO2分圧が1桁〜2桁上昇している、としている。

これと同様に、堆積性のuraninite(UO2)鉱床や、礫岩中にpyrite pebbleが見られることも、23-21億年以前に特徴的であるといわれる。例えばウランは酸化的環境下ではUO2ではなくU3O8などの形態をとる。pyriteはもし地表が酸化的な環境にあれば、硫黄が酸化されてレキとしては残らないはずである。すなわち、これらは大気が当時(free O2がきわめて少ないという点で)かなり還元的であった証拠であると考えられている。

 uraniniteについては、大本(1994)が砕屑粒子表面に不溶性のThorite皮膜を形成して、酸化的な環境でもほとんど溶解せずに運ばれうる可能性を示唆している。しかし、局所的ではない制約条件としてどの程度まで酸化的な条件が可能なのかは未解決の問題である。

 そのような堆積物が報告されているのは、テクトニックにはcratonic basinと分類されるごく限られた地質体(Witwatersrand)であることから、どの程度の時代的・空間的範囲の地表条件を代表しているか、ということについての情報もやや不足している。(緯度、気候、時代など)。

4.4 大気組成

これまで述べてきたような堆積物などの間接的な情報から、大気中の遊離酸素が非常に低いレベルにあったことは推定される。だが、具体的にどのような組成であったかは証拠を見つけにくい。地球形成期の地表が高温の玄武岩質岩石のメルトと考え、これとの平衡状態を考えると、原始大気はメタン・アンモニアなどを主成分とする還元的なものではなく、より酸化的なN2, CO2, H2Oを主成分とする大気が期待される(Walker, 1983)。

一方、太陽放射は当初現在よりも低いレベルにあったと想定されている(e.g., Gillland, 1989)。海洋の全面凍結の地質学的証拠が発見されていないこと、氷床の確かな記録が27億年より前には見つかっていないことなどを考え併せて、初期地球大気のCO2は現在よりも高いレベルにあり、その温室効果で気温を維持していたと考えるのが一般的になっている。原生代末には広域にわたって大陸氷床の発達が知られるが、これは大気中のCO2分圧が現在に近いレベルまで低下してきたためであるという解釈もなされている。(e.g., Kasting, 1992)

 最古の氷河性堆積物と見られるものの一つはカナダの前期原生代のもの(Huronian glaciation =24-21億年前)である(Young, 1970)。 Gowganda conglomerateと呼ばれるtillite由来の礫岩が知られる。また別の地域では、非常に細かいラミナをもつ堆積物中に突然レキが入ってくる、いわゆる"dropstone"も知られる。これらの氷河成と考えられる堆積物は、カナダ楯状地中に300kmにわたって連続した分布が知られていて、それが大陸氷床であった可能性が指摘されている。

 同様の堆積物はWitwatersrandの約27億年前の地層中のdiamictiteとして知られるものがあるが、Lowe(1992)はこれについてdebris frowに由来するものである可能性を指摘しているなど、問題が残っている。

 氷河記録は、地球の表面温度についての直接的な証拠であるだけでなく、温度条件を決定する要因としての二酸化炭素濃度の変遷の問題、及びそれをコントロールする要因としてのカーボンサイクルの変遷を考える上で、非常に重要である。特に、暗い太陽のパラドックスとして有名であるが、理論的な太陽進化のシナリオに基づくと、地球形成期には太陽の光度が現在の約70%、Archeanで約80%と見積もられるのに対して、表面温度が現在と大きく変わらないものだったことが地質学的に示唆されているが、これは大気中に数気圧程度の二酸化炭素分圧を想定することで一般的に説明されている。Kasting(1992)は氷河記録を地表温度の指標として大気中の二酸化炭素分圧の変遷を論じているが、温室効果にはメタンなども大きな影響を与えるので、まだ課題が残っている。現在のところこれ以外に先カンブリア時代の大気組成や大気圧に対する有効な証拠はない。

4.5 堆積岩の変遷

 地質時代を通じての堆積岩の変遷については、Ronov(1964, etc.)の推定が有名である。他にこのような堆積物の地球史的変遷を論じた研究がないために、これまで頻繁に引用されてきた。しかしながら、Ronov(1964)では推定の根拠としたデータが明確に示されていないこと、あるいは1964年という時代では、放射年代測定法が充分に確立していなかったこと、などを考えると、信頼度はやや低いものとする意見もあった。最近、彼は世界各地のサンプル (頁岩だけで16000以上)を処理して得たデータを再びまとめており(Ronov, 1992)、より詳しい報告を出している。しかしながらこれまでのところ広大な旧ソ連のどの地域でどのような割合で各時代の岩石があるのか、具体的な資料は国際的にはほとんど公表されていない。

 地表を構成する岩石の変遷の情報として、地質時代の各時代を通じた堆積岩の組成変化を追おうという試みはいくつかあり、それぞれ地球史に関する認識の重要な根拠を担っている。例えば、Veizer & Compston (1976)は炭酸塩岩のSr同位体比を使って、大陸の進化を議論している。Veizerによれば25億年前を境に87Sr/86Sr比が急激に上昇しているのは、大陸がこの時期に急速に成長しているという解釈で説明した。しかし、近年の白亜紀以降の海水のSr同位体比の変遷についての理解が進んできたように、大陸表層からのFluxだけではなく、海底での熱水循環がSrのfluxとして無視できないことから、この問題は単純ではない。Veizerは後の時代の岩石や堆積物からの混入や汚染を取り除くために、得られたSr同位体の多数のデータのなかで最も低いものを採用して議論しているが、時間軸の精度の問題とともに検討の余地がある。

これと同じような方針で、砕屑岩に対してより多くの性格の異なる地球化学的指標を用いて議論したのがMcLennan & Taylor(1986, 1990)である。彼らは大陸地殻(の上部)を代表するものとして特に細粒の砕屑岩の化学組成に着目し、約25億年前以降では細粒の砕屑岩のNi・Crの濃度が減少し、REEパターンの左あがりの傾きが増加しEuの負の異常が顕著に現れるようになる、などの変化を見いだした。そして、大陸地殻の組成がこの時期に大きく変化したことがそれらの現象の原因であると考えた。同様の傾向はTh/Sc、La/Scなどの指標でも見られるとしている。(McLennan,1992)

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5.地質構造の認識

 年代測定法の進歩と詳しい野外調査の組み合わせにより、とりわけジルコンのU-Pb・SHRIMP年代の測定が可能になったことで、これまで認識できなかった層序の間隙や不連続が認められるようになり、グリーンストン帯の30km以上にも見積もられていた厚い岩層は、実は数kmからせいぜい10km以内の薄い層序の積み重なった構造になっていることがわかってきた。(図2)

南アフリカ・バーバートン帯は1960年代の終わりからコマチアイトの発見や最古の微化石の発見などで知られる地域である。Viljoen & Viljoen(1969)あるいはArmstrong (1971)がこの地域の層序を柱状図に表現しているが、ここの地質は見かけ上整然と累重した約27kmもの厚さをもつ火山岩類及び堆積岩類(その全体を総称してSwaziland Supergroupと呼ばれている)からなり、下位からOnverwacht Group, Fig-tree Group, Moodie Groupに大きく3分されてきた(Group=層群)。最古の微化石の追求は、このうちFig-tree層群からのEobacteriumの報告(Barghoorn & Schopf, 1966)に始まり、より下位の地層へと進んでいったわけである。

しかしながら、構造地質学的な研究(de Wit, 1982)からそれらの層序の内部に構造的な不連続が認識され、バーバートン帯は何枚かの玄武岩−コマチアイト質溶岩を主とする岩層の積み重なり(スラストシート)として理解されるようになっている。それは年代学的な研究により裏付けられ (Armstrong, et al., 1990)、他のArcheanクラトンの地域地質学的研究に影響を与えつつある。この進展を通じて、詳しい野外調査と観察の重要性が再認識されている。

ところで、これらのスラストシートの基底部に、より古い大陸地殻構成要素である3.5Gaトーナル岩質片麻岩(の破片)が見られることは、従来の認識になかったことである。これに対応する大陸地殻としては比較的近傍に露出するAncient Gneiss Complexが、年代的にも岩相的にも一致する。グリーンストン帯を構成する岩石の位置づけ(形成場のモデル)には議論があるが、これを海洋地殻の断片と認識する際においてもテクトニックな場としての制約がつけられる可能性を示している。ひとつの解釈としては海洋地殻的な地質ユニットがオブダクト(e.g. de Wit et al.,1992)する際に周囲にあった大陸地殻を何らかの機構で挟み込んだ可能性がある。またもう一つの可能性として、日本海のような背弧海盆の形成に伴って大陸地殻がちぎられ、それが最終的にスラスト・シートの間に挟み込まれたという解釈も成り立つかも知れない。情報が充分でないのでまだ確定的なことを何も言える段階ではないが、アイデアとしては当時の個々の"プレート"の移動距離は結果としてかなり小さくて、大陸地殻はちぎれてはまたもとの場所の近くにくっつく、ということをしていた可能性もあるのではないだろうか。すなわちあまり遠方から異地性の地塊が漂移してきて付加するというプロセスは考えにくいように思われる。この考えに都合の良い事実として、Onverwacht層群のKomati累層中のガブロから検出されたジルコンに、噴出年代(約34.8億年)以前の年代(約35.1億年)を示す、捕獲結晶と考えられるものが混じっており(Armstrong et al.,1990)、Komati累層が噴出・固化あるいは堆積した場にすでに大陸地殻的なものが存在しており、しかもそれが現在も近傍に露出するAncient gneiss complex (34−36.5億年前:Compston & Kr*ner, 1988; Moorbath et al., 1986)であるという可能性が指摘されている。この時期の地球表層には先に述べたように38ー39億年前の片麻岩からなる地質体がすでにいくつも存在していたはずで、どうしてそれらのArchean初期の地質体由来の異地性岩体ではなく、現在もすぐそばにあるAncient gneiss complexに対比されるものが、スラストシート中に挟み込まれていたり、Komati gabbroのジルコン捕獲結晶として入り込んでくるのだろうか?。

 より年代値の差が明確な例としてはオーストラリア西部のKambaldaグリーンストン帯の玄武岩・コマチアイト質の溶岩から検出したジルコンに、噴出年代である約27億年前のものの他に多数の34億年前までの年代を示すものが報告されている(Campbell & Hill, 1988)。このことからこれらには現在の海洋地殻のアナロジーは適用できないという意見もある。興味深いことに、このジルコン年代はやはり近接して分布する片麻岩類(Western Gneiss Complex)の形成年代に一致する。さらにはピルバラ地域の岩石の年代にもオーバーラップする。

 近傍の古い地質体の影響がより若い地質体に見られるという点でこれらに共通する例に、カナダ北西部・スレーブ地域の約27億年前の表成岩類に伴われる鉱床の鉛同位体比が、特にその西部で放射壊変起源の鉛が多い点で"大陸"的な組成を示すことと、アカスタ片麻岩(39.6億年前)の発見の関連が挙げられる。これらの事実は"ensialic"なプロセス(例えば大陸内リフト)あるいは背弧海盆の開閉によるグリーンストン帯形成のモデルに比較的都合がよい。最近盛んになってきたマントル・プリュームを重視する考え方(e.g., Campbell and Hill, 1989)の根拠のひとつにもなっている。

 しかし、実際にはグリーンストン帯の構成岩石のかなりのものは、明確な陸源砕屑物を持たなかったり、同位体的にdepleteしているなど海洋地殻的な特徴をもち、必ずしも大陸地殻物質の関与を示唆しているわけではない。スレーブ帯では大陸地殻の影響が鉱床鉛の同位体に見られる地域は全体の10ー20%程度と推定される。それらの事実を統一的に説明することが求められている。

 1980年代のモデルについてはCondie (1989)やKr*ner(1988)のまとめがあるが、例えば前者は火山岩類やカコウ岩類(TTG)の地球化学的性質、そしてカコウ岩類の大量生産プロセスを説明可能であることなどの理由から、島弧型のモデルを好ましいとしている。多くのグリーンストン帯にはバイモーダル火成活動(リフトの特徴)が見られるといわれているが、これについては、サンプリングの偏りに起因するものと解釈している。バイモーダルとなるmafic/felsic火成活動の同時性を確認することは、カナダ楯状地やオーストラリアのグリーンストン帯でごく少数の試みがなされているにすぎない。また、珪化作用が頻繁にみられるために熱水変質などの効果を取り除く必要があるなど、特にfelsicな岩石の本来の組成を求めることには、困難がある場合が知られている。

火山岩や堆積岩が地質体として保存されるためには、付加というプロセスは本質的に重要であるように思われる。削剥されるか、マントルに持ち込まれることがなければ、地球表層部(プレート)が動き続ける限り、表層の岩石はどこかに掃き寄せられることになる。それには沈み込みを起こしているような場所が好都合であるだろう。また、そうであれば火山岩の噴出や堆積などの原岩形成年代と付加・変成プロセスの起こった年代とは時間的に接近していることが期待される。

 当時の大陸地殻形成に関わるプロセスにおいて、地質体の水平的な移動規模がわかるならば、当時の固体地球表層部を支配していたテクトニクスの機構がわかってくる。それが当時の地球表層全体で通用するプロセスかどうかは検討の余地があるだろうが、現代に比べて大きい熱流量を満足させるために、地球内部の"対流"セルの水平的なスケールが当時は小さかった、という考えが現在のところ主流であるように思われる。

 グリーンストン帯の火山岩類の古地磁気のデータから、当時の地質体に記録される可能性のあるプレート・大陸・海洋地殻etc.の移動速度を求めてみる試み(Kr*ner & Layer, 1992)があるが、それによるとその速度は最大で168mm/yearという値が得られている。ただし、この結果には解釈の余地が残っている。ひとつには残留地磁気の伏角成分のみを取り出している(偏角は磁極の移動と地質体の水平変位のためにほとんど意味を持たない)ために、緯度方向の変化しか検出できないことがある。水平移動の規模や速度の問題は、データの蓄積により今後さらに検討が進むことが期待される。

 現代の顕生代のテクトニクスの認識・体系(付加体などの概念)の適用を考慮すると、堆積物の組成や砕屑粒子の年代値分布などの情報は必ずしも玄武岩質岩石の起源について有効な情報とはならない場合がある。このことは、西南日本の付加体の解析結果について、砕屑性堆積物と海洋地殻構成要素は必ずしも同じ場所にあったとは限らないことが指摘されている。それらを区別してMatsuda & Isozaki (1991)のtravel historyの認識が成立するわけであり、以上は丸山・磯崎(1992)が強調しているところである。

 いずれにせよこの地質時代のテクトニクスに関して議論は多く、新たな情報がこれから出てくることが期待される。

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6.地質学的情報の解釈

このように活動的な惑星の表層にこれまで述べてきたような比較的初期の情報が残存していることは、その必然性についての議論はともかくとして、おそらくたいへん幸運なことと言えるのだろう。しかしながら、それだけにその種の古い時代の情報を扱う際に注意すべき点がいくつかあるように思われる。その大きなものとして、地史学・地質学の背景をもって作業する場合にほとんど前提として用いている、"現在は過去の鍵である"という、ハットン・ライエル以来の斉一説的な解釈の妥当性の問題、いいかえれば斉一観の適用の限界を意識すべき場合が出てくるだろう。一例として、プレート・テクトニクスの斉一観的な過去への適用について、Windley(1993)のレビューがある。

 地層の中に生命現象の痕跡をたどる場合においても、どうしてもこのような地質学的な問題意識を避けて通ることはできないように思われる。たとえばストロマトライトの構造が縞状鉄鉱中に残存しているのが発見されたならば、現代の西オーストラリアに形成されているストロマトライトなどの情報から、それはcyanobacteriaが作った構造だと考えるのは、意識するかしないかに関わらず斉一観の適用をしていることになる。かつてはストロマトライトを含めて、先カンブリア代の地層から報告された"化石"はほとんどが擬化石であるとも考えられたが、実際にストロマトライトをよく調べるとcyanobacteriaそっくりの微化石と思われる構造体が発見され、そこから有機化合物(kerogen)が検出され、さらにそれが現代のcyanobacteriaに共通する特徴的な炭素同位体比をしめすことがわかって、おそらくそれは正しい認識なのだろうということになった。だが、かつて微化石として報告された構造体の中にも後になって生物源であることを否定されたものもある。

 斉一観の適用の限界を考えなくてはならない例としては、現在の生物の生息条件をもとに過去の環境を推定することが挙げられる。cyanobacteriaがストロマトライトを形成した場を考えるのに、炭素同位体比から光合成の可能性があればその場所は太陽光の到達する浅海であった、と考えるのはおそらく問題がないであろう。しかし、62゚Cの温度条件で現在のcyanobacteriaが死滅するから、あるいは大気中のCO2が数%に達すると現在のcyanobacteriaはCO2中毒を起こして死滅するからといって、それらの制約が環境条件につけられる、と無条件に考えることはできない。ひとつには生物そのものがそのときどきの環境条件に適応する方向に進化してきた可能性があるからである。例えば当時のcyanobacteriaが62゚C以上の温度条件で生育していた可能性も否定はできない。これらは当時の生体内プロセスを推定できるだけの知識の蓄積を待つ必要がある。

 このような場合は斉一観の適用に問題があるというより、現在の知識レベルが追いついていない、つまり斉一観の基礎となる情報が、過去の想定される環境条件に当てはめることができる段階に達していない、というべき場合が多いのではないかと思われる。むしろ物理・化学条件についての斉一主義--例えば先に述べたように石膏が初生的に晶出していたことを地表温度の制約条件とするやりかた--が有効であることがわかる。

 テクトニクスのような大きな問題に対して、記録として残されるものの解釈からは、唯一の解を得ることは難しい。少なくとも現在の段階では、多くの地質学者は自分の立場からシナリオを組み立てて当時の地質現象を説明しようとしているところであり、従ってグリーンストン帯の形成といった地質現象に対する解釈も、多くの場合は先行するモデルに依存してしまっているのである。同じグリーンストン帯の地質を見てもそれをプリューム・テクトニクスの産物と考える研究者もいれば、過去2億年の地史に裏打ちされた現在のプレート・テクトニクスの延長で説明できると考える研究者もいる。またその場合でもグリーンストン帯が当時の地表のどんな位置を占めていたかはまたいろいろな解釈がある。乱立する現在のモデル過多の状況を整理し、統一した地質現象の解釈を提供でき得る分類と体系が求められている。

 地質現象に対する認識が変化したことの別の例として興味深いのは、バーバートン帯において、整合一連と解釈された層序を、新しい年代値に基づいて組み立て直してみたところ、見かけの下位の地層はじつはより古い時代のものではなかった、ということがあげられる。Archean-Proterozoicの地質体というと20kmもの柱状図が示されることが多い(e.g. Condie, 1981,1989)が、顕生代の地質を見る限り10km以上に達する連続した層序はオラーコジン以外の場には知られていないこともあり、今後の研究の進展でそのような認識は塗りかえられていくことになるのかも知れない。

ある地質体に記録された現象を、とくにどの程度の普遍性があるかという基準で評価することは難しい。例えばイスアで玄武岩質の岩石ばかり見てしまうと、どうしてもコマチアイト主体の海洋地殻を前提とする議論(特にバーバートン帯の研究者グループに根強い)にはついていけないものを感じる。材料がきわめて限られている以上仕方のないところではあるが、地質体に記録される情報は非常に幸運な例外であって、それが当時の地球表層一般に適用できる条件を見ているのかどうかは慎重に検討する必要がある。どの程度の一般性をもっているのか、ということがモデルの信頼性に非常に重大な影響を及ぼすことを考えると、その点の検討をおろそかにはできない。

また、これまで述べてきたことは、単純化したモデルをつくる際にふるい落とされた情報に本質的なものが隠れていないか、注意が必要であることを示しているように思われる。むしろ、地質学の側はモデルの妥当性の検討にこそ重要な役割を担っているのではないだろうか。

初期地球表層環境や、生命の起源に関わる問題を扱う際に、当時の環境条件のすべてを再構成することは原理的に無理がある。しかし、かなりの強力な制約条件をつけることは可能なわけで、そこに地質学の立場の有利さ、あるいは存在意義があるように思われる。

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