古生代[コセイダイ]
Pal(a)eozoic[p|æ/ei|li§zóuik] era[í§r§]
5.7億年前〜2.5億年前/11月16日19時 〜12月12日04時
語源paleo←古典ギリシア語palai(o)←古典ギリシア語palaiós「áncient」←古典ギリシア語pálai「long agó(◆強勢位置)」←古典ギリシア語télos「end」
◆teleは、諸君も知っているだろうが、télegraph, telekinésis, télephone, télescope, télevisionなど、あまりに日ニッポン語になりすぎているために、ついその日本語の高低語勢に影響されてしまい、英語の強弱語勢位置をあやまりやすいので、入試の強勢(áccent)位置指摘問題とし頻出単語だ。その意味でも、また現在この瞬間にもteleがつく言葉が新造されつつあるほど造語能力のたかい単語としても、大変重要な印欧語系接頭語だ。
語源zóic←ラテン語zGa「動物」←古典ギリシア語zuGon「動物」。zoology [zou¦l§d¾i](◆強勢位置)など、動物に関する造語成分としての造語能力がたかい。語源éra⇒<代[]>
@A古典ギリシア語の、palaiós「古代」とzGK「生命」との合成語。古代の動物の化石が産出するカンブリア紀からシルル紀までをふくむ代表的地層の総称として、Sedgwick[séd¾wik]が1838年(仁孝天皇/徳川家慶/天保9年)に提案した。その記載原文は、Class II or Palaeozóic séries. This inclúdes(◆強勢位置) all the groups of formátions betwéen class I (Prímary strátified rocks called by Sédgwick Protozóic) and the Old Sándstone, and subdivíded as fóllows: 1. Lówer Cámbrian; 2. Úpper Cámbrian; 3. Silúrian sýstem.
 以上の文献でわかるように、古生代の研究は大英帝国の学者が活躍した。古生代の紀名、カンブリア・オルドヴィス・デヴォン≠ヘ、Great Brítain島の地名や部族名であることからも、このことがわかる。
 1840年(仁孝天皇/徳川家慶/天保11年)に、Philips[fílips]はこれをペルム紀(二畳紀)までの全部の地層に拡大し、この総称名がこの時代をあらわす名称になった。Pal(a)eozóicに「古生」の漢字をあてた例は、明治16(1883)年の富士谷孝雄の著「地質要略」がもっともはやく、Pal(a)eozóic périodを古生紀と訳している。
化石まづ古生代以前の先カンブリア時代についてのべる。先カンブリア時代で有名な化石群といえば、何といってもAustralia[¤stréilj§]大陸南部のEdiacara[発音不明]丘陵で発見されたEdiacara化石動物群があげられる。この動物群の化石は、ほとんどが印象化石だ。先カンブリア時代までの生命は、外殻がカルシウムや珪素でできていなかったためグニャグニャしていて、化石になりにくい生物だったからだ。そのため、先カンブリア時代までは、生命がいたかどうかはっきりしない時代だという意味で、陰生累代*1とよばれている。
 それに対して古生代以降は、生命があきらかに存在していたという意味で顕生累代*2とよばれている。古生代初期は、特に“カンブリア紀の生命の大爆発”とよばれているように、化石化する硬質部分をもつ生命が爆発的に出現した。しかし現生生物と比較すると“Palaeo(古風な)zoic(生命の) era(時代)”だったから、Palaeozóic éra(古生代)と命名された。この時代は生命がこの地球上に存在したことを確証させる時代であり、三葉虫と珊瑚と紡錘虫の時代でもある。だが、この時代の化石を復元してみると、ボクたちが知っているようなかたちの生物はめづらしく、みたこともない設計図にしたがってくみたてられているので、“生命の試作品”という印象をうける化石がおおい。
 
カンブリア紀[ンブリア]
Cambrian[k¢mbri§n.強勢位置] périod
5.7億年前〜5.1億年前/11月16日19時〜11月21日13時
語源ラテン語Cambria「Wales[wéilz]」←ケルト語Cymru[発音不明BC]「Wales」 語源périod⇒<紀[]>
@A模式地*3はWales地方。この地域のラテン語古名CambriaにもとづきSédgwickが1836年(仁孝天皇/徳川家斉/天保7年)に命名した。Wales地方の大部分をしめる山地はCámbrian Móuntains とよばれている(⇒<デヴォン紀の地図>)。ÉnglandやWales地方の中生界や上部古生界は、地層の識別や化石による同定*1が容易であるため、はやくから命名がおこなわれていた。しかしそれより下部にある地層は、複雑なために命名区分がおくれていたが、その地域を調査して、Sedgwick[séd¾wik]は、その地層全体をカンブリア系とよぶことを提唱した。それに反して、Murchison [m©:t¸is§n]はシルル系だと主張し、一方が死亡するまで、両者の論争はつづいた。
 その時代に、両者とは別にScotland[sk¦tl§nd]の地質を研究していたLapworth[l¢pw§·]は、現在デヴォン系≠ニよばれる地層より下位の地層の粘板岩中に多数のフデイシがあることを発見した。この化石を分類した結果、フデイシが3種に大分類されることを発見した。この分類によって、デヴォン系よりふるい地層を、ふるいほうから、カンブリア系・オルドヴィス系・シルル系と区分することを、1879年(明治12年)に提案し、両者の論争に決着をつけた。またこの研究で、同種のフデイシが何回もあらわれることに気づき、地層が褶曲によっておりたたまれていることも発見した。後年になって、この褶曲は、シルル紀におこったCaledonia [kæl§dóunj§]造山運動によっておこった地質現象であることがあきらかになった。
 明治17年(1884年)、小藤(ことう)文次郎(ぶんじろう)*2はカンブリアを「巻弗利安」と音訳した。明治24年(1891年)に神保(じんぼ)小虎(ことら)*3は「寒武利亜」と音訳し、カナがきが一般になるまでつかわれた。中国語では寒武利亜紀[xánwÓlìjád¾ì]≠ニいう。
化石代表的なカンブリア紀の化石といえば、Trilobita(三葉虫類)ということは古生物学者ならだれも反対しないだろう。だが、CánadaのBrítish Columbia[k§lmbi§]州のRócky山脈に属すWapta[発音不明]山中に産するBurgess[b©:d¾is]頁岩中から産出するBúrgess動物群化石は、いまや三葉虫類以上に古生物学者の注目をあびていることは、ここで指摘しておかなければならない。Búrgess動物群化石は、奇妙奇天烈動物≠ニよばれているぐらい現生動物の形態からかけはなれているので、昭和55(1980)年にUNESCO指定の世界の天然記念物≠ノ指定されたほどだ。
 
オルドヴィス紀[|ルドヴィスキ/ルドヴィス|]
Ordovician[¤:d§¸§n] périod
5.1億年前〜4.4億年前/11月21日13時〜11月27日02時
語源ラテン語OrdoviJs「オルドヴィケース人」語源périod⇒<紀[]>
@A模式地はWales地方。ローマ人の征服以前からWales地方北部(⇒<デヴォン紀の地図>)にすんでいた古代ケルト族のラテン語部族名OrdoviJsをかりて、1879年(明治12年)にLápworthが提唱した地層区分。それまでMúrchisonが提唱していたシルル系の下部とSédgwickが提唱したカンブリア系の上部が重複記載されて混乱していたのが、この系の独立によって解決された。そのため、下部シルル系となっている古文献もある。地質系統と時代の名称に漢字をあてたのは、そのほとんどが明治初期の日ニッポン人だ。しかし、オルドヴィス系を独立させることが当時の日本ではまだ普及していなかったので、漢字があてられなかった(⇒<カンブリア紀[ンブリア]>)。その後1911年(明治44年)に、中国の翁文O[wJ¿wénxào]が、オルドヴィスを「奥陶[áotáo]」と音訳し、これが日ニッに伝来したとつたえられている。
化石この紀の中期に形成された、珊瑚虫や層孔虫による世界最古の礁性石灰岩がCánada北部で発見されている。また脊椎動物としては、魚類が出現した。オウムガイ類は全盛時代をむかえ、さらに、この時代に堆積した黒色頁岩中に、フデイシ類が多産するために、この時代の示準化石として利用されている。
 昭和55(1980)年に岐阜県吉城(よしき)郡上(かみ)宝(たから)村福地(ふくち)の一ノ谷でOstracodaが採集されたが、地層の層序に定説がなく、さらにオルドヴィス紀示準化石がそれと一緒に産出しなかったので、それが確実にオルドヴィス紀の化石だという決定はされなかった。だが、昭和58年に高知県の横倉山で採集されたcónodontは、世界的な時代分類が確立しており、まづまちがいないということで決着がついた。したがって、日本最古の化石は、オルドヴィス紀の生物ということになる。
 
シルル紀[ルル]
Silurian[sailjú§ri§n] périod
4.4億年前〜4.1億年前/11月27日02時〜11月29日11時
語源ラテン語Silures「シルル人」 語源périod⇒<紀[]>
@A模式地は、東部Wales(⇒<デヴォン紀の地図>)。ローマ人が英国を征服した紀元1世紀ごろ、この地方に居住して、ローマ政権に反抗した勇敢な古代ブリトン族の部族をシルル人(⇒<オルドヴィス紀の地図>)という。この名称をかりて、Múrchisonが1835年(仁孝天皇/徳川家斉/天保6年)に命名した。この時代の地層はバルト海のGotland[ܦtlant]島(スウェーデン語)によく発達しているため、ゴトラント紀(Gotlandian[ܤtl¢ndi§n])という呼称名がつかわれたこともあるが、現在は廃語名称だ。明治17年(1884年)、このSilúrianを小藤(ことう)文次郎(ぶんじろう)は「志留利亜」と音訳し、中国語では、志留利亜紀[tsìlíulìad¾í]という。
化石この時代には、床板珊瑚類[ショウバンサンゴルイ]に属す種類が世界各地の海域で全盛をきわめ、礁性石灰岩を形成した。クサリサンゴやハチノスサンゴに代表されるこの原始的な床板珊瑚と、他の珊瑚類との関係はいまでも不明だ。
 さて、何といっても地球上の生命史にとって大変重要なのにあまりふれられていないのが、Cooksoniaなど、このシルル紀末期におきた植物の陸上進出という大事件だろう。
 
デヴォン紀[ヴォンキ]
Devonian[d§vóuni§n] périod
4.1億年前〜3.6億年前/11月29日11時〜12月3日10時
語源ラテン語Devonia「英国南西部の州|Devon[dévn]/Devonshire[dév§n¸§(強勢位置)」| 語源périod⇒<紀[]>
@A模式地は、中部ヨーロッパだが、デヴォン≠ヘイギリスにあり、複雑な海岸線をもち、風光明媚で温和な気候にめぐまれ、起伏にとむ地方。この地に発達する海成層の名称として、MúrchisonとSédgwickとが1839年(仁孝天皇/徳川家慶/天保10年)にDevónian sýstemとして共同提案し、採用された。その提案の記載原文は、We propóse thérefore for the fúture to désignate(◆強勢位置) these groups colléctively by the name Devónian sýstem, as invólving no hypóthesis(強勢位置) and béing agréeable(◆強勢位置) to análogy.
 その後、スコットランド・西部イングランド・南部ウェールズの3地方のOld Red Sándstone(古赤色砂岩)も同時代の陸成層とされ、さらに世界中に適用されるようになった。
 明治17年(1884年)に小藤(ことう)文次郎(ぶんじろう)は、これを音訳して‘泥盆’や‘尼安’と表記したが、中国語でも泥盆紀[nípénd¾ì]という。
化石地質学史上はじめて古生マツバランに代表される陸生植物が繁茂した。海洋ではオルドヴィス紀に全盛をほこったフデイシがこの紀に絶滅し、その地位を腕足類にゆずった。さらに脊椎動物である甲胄魚などが大変に繁栄したので、この紀は“魚類の時代”ともよばれている。さらに、魚類から進化して上陸した生物である両棲類Ichthyostegaが出現したことも注目される。生物はいよいよ地上の空気をすう準備をはじめたのだ。
 
石炭紀[キタンキ]
Carboniferous[k»:b§níf§r§s] périod
3.6億年前〜2.9億年前/12月3日10時〜12月9日00時*1
語源{Carboni←ラテン語carbG「cárbon」←印欧語族推定形cardhG←印欧語族推定形ker「burn」}+{ferous←ラテン語fer「prodúceの意味の接尾辞」←ラテン語ferre「prodúce←cárry」}E carbónic (acid) gas「炭酸ガス」。炭酸がくわえられていることをcárbonated(◆強勢位置)、くわえられていないことをnon cárbonatedということを知っていると、レストランにいったときにこまらない。自動車の cárbure(t)tor「気化器」は、このcarbGに由来し、本来の意味は「炭素と化合させる装置」。語源périod⇒<紀[]>
@A模式地は、石炭産出量のおおいÉnglandやWales地方(⇒<デヴォン紀の地図>)。以前はCoal Méasure(夾炭層)とよばれていたが、1822年(仁孝天皇/徳川家齊/文政5年)に、Conybeare[kóunib°§]がCarboníferousと命名した。もっとも、1799年(光格天皇/徳川家齊/寛政11年)に、Ireland[ái§l§nd]の化学者 Kirwan [k©:w¤n]が、By carboníferous soil, I mean the várious sorts of earth or stone among(◆発音注意[§m¶¿]) or únder which coal is úsually found.≠ニのべているのが初出文例だろう。
 中国の明時代の本草学の大家である李時珍[lиít¸Jn](1518〜93)は、1596年(後陽成天皇/豊臣秀次/慶長初年)、全53巻の大著“本草綱目[pÏnt¸ÎokI¿mù]”初版で、すでに石炭について右欄のように記している。だが、石炭は「煤」であらわす方が一般的だった。そのため明治17年(1884年)に小藤(ことう)文次郎(ぶんじろう)は「煤炭紀」と訳していた。だが日ニッでは、江戸時代から「石炭」もつかわれていたために、すでに明治21年(1888年)、地質調査所などでは、石炭紀という単語もつかいはじめていた。北京官話でも現在は「石炭紀[¸ítànd¾ì]」という。
化石莫大な石炭埋蔵量があることから、この時代は、地球史上、植物がもっとも繁栄した時代であったことがわかる。ちいさい蘆木以外は、ほとんどが鱗木や封印木などの巨大なシダ植物で、これらが当時の湿地帯に大森林を形成した。嫌気的環境で、その倒木の有機物が還元されて徐々に純粋な炭素になり、石炭化した。また植物以外でも石炭紀には注目すべき化石がフランス北部の上部石炭系から発見された。地球上に出現した昆虫としては史上最大であるMeganeuraという原トンボ目に属すトンボの化石だ。胴体長50cm以上、最大推定翼長70cm以上、推定時速80km以上で飛行したという!。また古生代を通じて最適の示準化石である有孔虫の紡錘虫類が繁栄した時代でもある。
──── 石炭紀についての注意 ────
 石炭紀という名称について、キミたちがおそらく誤解していることを注意する。それは、この名称があくまでも欧州大陸の石炭が形成された時代に由来するのであって、日ニッポンの石炭はこの時期にできたたのではないということだ。この時代には、将来の阿武隈山地や北上高地南部や九州中部になるべき陸地のほんの一部分が海上にでていたにすぎないから、石炭のもとになる樹木が生育する余裕はなかった。日本列島で産出する石炭が形成されるのは、この時代からずーっとあと、2億年後の新生代古第三紀だ。
 
ペルム紀[ルム]*1
Permian[p©:mi§n] périod
2.9億年前〜2.5億年前/12月9日00時〜12月12日04時
語源フィンランド語perämaa[péræma®]「遠隔地」? 語源périod⇒<紀[]>
@A模式地は、ロシア東北部のPerm'[ロシア語pjérmj]。1841年(仁孝天皇/徳川家慶/天保12年)に、Múrchisonが、記載原文中で、つぎのように命名した。
The carboníferous sýstem is surmóunted, to the east of the Vólga, by a vast séries of beds of marls, schists, límestones, sándstones and conglómerates to which I propóse to give the name of 'Pérmian sýstem'.
 さて、模式地がPerm'にあるためペルム紀[ルム]とよばれる機会がおおいが、ドイツ系学者は、いまでも二畳紀とよぶ。ドイツでは、ペルム紀の地層を、ドイツ語でそれぞれ、Zechstein[ts²ç¸tain](苦灰統)とRotliegende[Ró:tli:g§nd§](赤底統)に2分したので、Dyasformation [dÝ:asfoRmatsio:n]*1「2層の地層」とよんだ。和名「二畳*2紀」はこのドイツ語からの翻訳で、明治21年(1888年)鈴木敏著『二十万分の一東京図幅地質説明書』が初出といわれている。
化石ペルム紀に、両棲類から爬虫類が進化したことは、生物の画期的事件だ。かたい卵殻を発明したことで、発生初期の胚が乾燥にたえられるようになり、生命は、産卵のために水中にもどる必要がなくなったのだ。かたい卵殻は、生命が陸上を闊歩する必須条件なのだ。さてこの時代に出現した爬虫類のうち、実は恐龍ではないのに、“恐龍”としてSF映画にも登場するのが、Dimetrodonという哺乳類様爬虫類だ。哺乳類様爬虫類とよばれる理由は、眼窩・耳孔・鼻孔・口腔など、頭蓋骨にはアナがあいているが、このアナの位置と個数が哺乳類とおなじであるからだ。(⇒古生物学名辞事典<Reptilia>)すなわち、このDimetrodonは、われわれにつながっている爬虫類といえよう。またこの時代に、つぎの中生代の爬虫類の食生活をささえる裸子植物が出現したこともみのがせない。

*1Cryptozoic Eon[kript§zóuik í:§n]。Cryptozoic=(Ctypto←古典ギリシア語kryptós「隠蔽された」→EcrGpto-Chrístian「かくれキリシタン」→Cryptogamia「隠花植物門」)+(zoic⇒<古生代>)。Eon←古典ギリシア語aiuGn「年月/永劫」
*2Phanerozoic Eon[fæn§r§zóuik í:§n]。Phanerozoic=(古典ギリシア語phanerós「めにみえる」→Phanerogamia「顕花植物門」)+(zoic⇒<古生代>)。
*3type locality[louk¢liti◆発音注意]。ある時代の基準として指定された地層で、その時代の代表的な岩相をしめし、上下の地層との関係があきらかであるもの。
*1identify[aidént§fai]。科学用語。対象物の所属を決定すること。
*2安政3(1856)年〜昭和10(1935)年。東京大学理学部地質学教室日本人初代教授。地質学および地震学に関係する分野で業績をのこした。特に、帝国大学(現在の東京大学)紀要に収録されたOn the Cause of the Great Earthquake in Central Japan, 1891£の第2図松尾谷水鳥の断層≠ヘ世界的に有名になった。これは、『断層形成こそ地震の原因』という自説を証明するため、明治26(1893)年に発生した濃尾地震の調査のおりに発見した根尾谷断層だった。この学説は当時としては画期的で、1911年、Reidが提出した弾性反発説に先行していた。
*3慶応3(1867)年〜大正13(1924)年。東京大学理学部地質学科鉱物学主任教授。
*1USAでは、石炭紀をさらに2紀に分割し、3.6億年前〜3.2億年前(12月3日10時〜12月6日15時)をMississippian[mis§sípi§n]、3.2億年前〜2.9億年前(12月6日14時〜12月9日00時)をPennsylvanian[pensilvéinj§n]とよぶ。しかし、北米地域だけのおいえ事情≠ナ、国際的には承認されていない。
*1ボクはもっぱら二畳紀のほうをつかっている。諸君に強要はしないが、その理由は、@ロシア語Perm'[pjérmj]は日本語のペルミ[ルミ]とは全然ちがう。A第2母国語がドイツ語。Bロスケはアホ。C二畳紀という学者もまだ結構いる。
*1{ドイツ語Dýas←古典ギリシア語dyás「two」Edeuce, Eduét(◆強勢位置), Edóuble, Edóubt, Edózen}+{ドイツ語Formatión←ラテン語fGrmIre「form」}
*2「畳」の本字は「疊」で、「田」は誤伝であり、実際は「日」であったという。これから、「日数をかさねる」という意味になり、さらに「おりかさなる」という意味に変化したといわれている。