砂の話

 2003.4.7(写真追加予定)


砂は時を刻む

 ジルコンという鉱物は、内部にわずかに含むウランなどの放射性元素が、静かに時を刻んでいる鉱物である。ジルコンは特に珍しい鉱物ではなく、花崗岩には普通に見られる鉱物であり、花崗岩地域の川岸や海岸の砂の中にもある割合で含まれる。その成分はジルコニウムと珪素と酸素からなる。ジルコンは屈折率が高いため、透明な結晶はカットすると美しく輝き、かつてはヒヤシンスとよばれるダイヤモンドの模造品に使われたこともある。ジルコンはジルコニウムの代わりに、放射性のウランやトリウムといった元素をわずかに含む。ウランやトリウムの多いジルコンは、その放射線のために結晶内部に目に見えない微細な傷がつくため、ピンクや紫色に着色したり、不透明になっていることがある。ウラン238は半減期45億年で鉛206に、ウラン235は半減期7億年で鉛207に、トリウム232は半減期140億年で鉛208にそれぞれ放射壊変していく。この性質を利用して、ジルコン中のウランやトリウムと鉛の同位体の量比を調べて、ジルコンがマグマ中で結晶してからの経過時間を求めることができる。ジルコンの場合、結晶が頑丈で熱にも風化にも強く、年代測定には好都合な上に、半減期の異なる複数の壊変系列を用いることで、年代値のクロスチェックができて、信頼度の高い年代測定を行うことができる。その精度は、38億年前の岩石でも統計処理を併用して誤差0.1%程度で求めることができた例もある。初期地球の研究では、年代を正確に求めることのできるジルコンは欠くことのできない存在であり、ジルコン年代学の進歩が生命の起源や地球の層構造の進化、大気・海洋の変遷を研究する上で、非常に大きな役割を果たしている。

赤土から地の底をみる

 関東平野には表土の黒土の下に、関東ロームと呼ばれる赤土の層が厚くつもっている。関東ロームは火山灰や軽石といった火山噴出物がおもな起源であり、箱根や富士などの西方の火山から風で運ばれた陸上の堆積物である。この赤土を水でよく洗うと、最後にざらざらした砂粒が残る。これは、火山の地下でマグマがゆっくりと冷えていくときに結晶化した、かんらん石、輝石、斜長石などの鉱物である。顕微鏡でこれらの鉱物をよく観察すると、マグマ中で結晶が成長した時のままの角張った形をしていて、摩耗による丸みを帯びた砂浜の砂と区別できる。これらの火山灰鉱物は、マグマだまりでゆっくりと成長してつくられるが、マグマ中で結晶化する鉱物の化学組成はマグマの組成や温度などの条件によって決まるため、成長していったそのときどきのマグマの温度や組成、水の存在度などの条件が、同心状に変化する化学組成のパターンから読みとれる場合がある。マグマだまりに新しいマグマが地下から供給されて温度が上昇したり、いったんできた結晶がそのために融けかかったり、あるいは成分の異なるマグマが混入してきたようすが、この小さな鉱物のくわしい化学分析から読みとれる。

月面の砂、地球の砂

 アポロ計画などの月面の探査の結果、月面はレゴリスと呼ばれる物質で覆われていることがわかっている。レゴリスは地球の砂とは異なり、様々なサイズの岩石の破片や、鉱物片、金属鉄、火山ガラスからなり、まれに隕石の破片も含まれている。レゴリスは月面に長い間に降り注いだ隕石の衝突で粉砕された岩石の粒子を主としていて、粒子の多くは角ばった形をしていて大きさは様々である。地球の砂のように大きさがそろっているわけではない。レゴリスは月表面の火山活動終了後、30億年以上にわたる隕石衝突でつくられていて、分厚く表面を覆っている。

 一方、地球の砂は、大気と水によってつくられていて、特に砂漠の砂は風化に強い鉱物のみが集められてできている。粒子の大きさも風で運ばれる間に選別を受けて、場所によりそろっているし、外形は摩耗してなめらかになっている。砂漠の砂のほとんどは石英という鉱物からなる。石英は大陸地殻を構成する花崗岩に多く含まれる鉱物で、摩耗に強く、化学的にも安定であるため、岩石が長期間の風化を受けた時に砂として残りやすい。花崗岩は、月や他の惑星では見つかっていない。花崗岩をつくるマグマ活動は、地下での何段階もの融解や水の供給が必要で、その点で地球以外のマグマ活動では作り得ないと考えられている。そして、水と風による風化が激しいのも地球の特徴である。花崗岩に含まれる石英を起源とする砂は、地球にしか存在しない、まさに地球を代表する砂なのである。

3億年前のなぎさ

 阿武隈山地の南端、日立市のあたりには、古生代の海の地層が地下深くに持ち込まれて変成された岩石が広く露出している。この中に銅・鉛・亜鉛の鉱床である日立鉱山があった。日立鉱山の鉱床は、古生代の海底熱水鉱床が地層に保存されたものである。鉱床は火山岩の地層の中にあるが、古生代石炭紀(およそ3.5〜2.9億年前)の生物の化石を含む石灰岩や、砂岩、泥岩の地層もみられる。これらは、3億年以上昔に大陸の片隅で大陸地殻が割れるような事件が起きて、火山活動とともに新しい海底が生まれて熱水鉱床が形成され、浅い海には珊瑚礁が発達し、その海に陸から砂や泥が流れ込んでいた、そういう地球のダイナミックな活動と歴史の証人でもある。

 日立鉱床周辺には、変成を受けても元の砂の粒子が判別できる状態で残っている砂岩がある。そのような砂岩を調べていると、磁鉄鉱やジルコンなど、密度が大きい鉱物が異常に多く集まっているものが見つかった。このような重鉱物の多い砂は、密度の大きい鉱物が引き波で運ばれず、取り残されるかたちで集められた、海岸の砂であったと考えられる。当時は陸上にやっとシダ植物や裸子植物が森林をつくっていた時代で、大気に酸素は多かったが、もちろん人類はいないし、恐竜が出現するよりもはるかに昔の時代である。そんな人のいない時代のなぎさにうち寄せていた波が見えるような気がする。

 この重鉱物砂岩の近傍には、ラテライト質の熱帯の風化土壌を起源とする、鉄とアルミニウムの酸化物を主とする特殊な地層がみられる。また、日立ではないが、福島県や岩手県の同時代の地層からは、当時の陸上植物の化石もみつかっている。いまは緑におおわれた山の中に露出する岩石の中に、3億年以上昔の海辺の姿が浮かび上がってくる。


石のたましい

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