質問に対する回答メモ 2009.4.30

 

・どうして地学を志そうと思ったのですか。

 

 茨城県水戸市で生まれ育った。もともと、自然の事物に興味があった。小学校に上がる前から、図鑑に親しみ、小学校低学年は昆虫少年だった。その後、川の魚に興味を持ち、小学校4年生、5年生くらいで鉱物に興味を持った。小学校5年生の時に、当時まだ操業していた日立鉱山を訪問し、守衛さんに鉱石の塊をもらった。うれしくて一夏眺め暮らし、図鑑とにらめっこして硫化鉱物の判別法を身につけた。そのあたりがきっかけ。

昆虫も、甲虫とか蝶が好きだったし、鉱物も最初は金属鉱物に目を引かれたので、光りものが好きだった、という共通点があるかもしれない。

 

・その道を(地学の道)を決めたのはいつごろですか。

 

 もともと科学者に憧れを感じていて、小学校の実験室も好きに使わせてもらっていた。中学校2年の夏に、地質調査のまねごとのようなことをして、拾ってきた岩石を図鑑で調べたら、造山運動でできる広域変成岩という分類の岩石であることがわかった。一片の岩石から、遠い昔の地球の動きが読み取れるとしたら、そんな景気のいい学問はないな、と思って、本格的に勉強する気になった。中学2年の終わりには、文集に将来は地質学者になる、と書いていたので、そのあたりで志望が固まっていたはず。

 

・地学の中でも「石」・「岩石」を選択したのはなぜですか。

 

 僕にとっては逆で、自然界における石の意味を知りたいと思い、それが地学という学問に分類される内容だった、ということ。ただ、ひとつの石の意味を知るには、宇宙や海洋、生物のはたらきなど、非常に広範囲の知識が必要なのだということがわかってきて、ますます地学を学ぶことが面白くなった。

 

・地学はどんなことに役立つといえるのでしょうか。

 

 「役立つ」ということが本当に大切なのか、という疑問がある。それは置いて、

 地学は身近な自然の秘密を探る学問である。天気予報だって地学の範囲だし、夜空の星々の秘密を探るのも、地学(天文学)である。毎日飲んでいる水の成分は土地によって違うが、それも地学の研究対象である。

 地球環境問題が話題になっているが、地域環境問題ではなく、地球規模での環境問題を捉えるとき、地球のしくみについての理解なしに、正しい方策は生まれないだろう。地球のしくみについて無知だったために、フロンを放出しオゾン層の破壊を引き起こしてしまったり、国境を越えた酸性雨の問題が起きたりしている。

 大きな問題は別にしても、身近な自然のしくみを知ることは、人が生きていく上で役立つ知識だとは言えないだろうか。人がある土地で生活するとき、そこで起きうる自然災害の種類や規模、頻度を知っておくことは、日頃からの対策をたてて、被害を軽減する上で役立つだろう。土地を買って家を建てようとするとき、その土地の地盤が軟弱ではないか、近くに活断層はないか、水害の可能性はないか、検討する必要があるのではないか。

 以前、気象庁を見学したときに、気象庁は国民の生命と財産を守るために働く機関である、という説明を受けたが、地学はどの分野でもそういう側面がある。

 お金になる、という部分では、地下資源を取り出し加工することは、日本のように高度な製品を加工し輸出して稼いでいる国にとって、もっとも基本的な部分であるが、資源を見つけて採掘するプロセスは、地学の成果だと言える。日本では人件費の高騰、円高などで、ほとんどの鉱山が採掘を止めてしまって、鉱床学という学問分野も絶滅寸前である。だが、他の国から大量の資源を輸入して日本の経済活動は成り立っているので、資源科学の必要性はむしろ高まっている。海底の資源の開発も重要であるし、他国との共同プロジェクトでの資源開発にも自国の専門家は不可欠である。国家の資源確保は安全保障のひとつであるという視点に立てば、これほど役に立つことはないだろう。

 

・地学(石・岩石)のおもしろさ・魅力は何ですか。

・先生にとって「石」とはどういう存在でしょうか。

 

 よく誤解されるのだが、石が好きなのではなく、石から引き出される情報に価値があるのだと思っている。一片の石ころの向こうに、マンモスが歩いていた氷期の荒野が見えたり、3億年前の珊瑚礁の色とりどりの生物が見えたり、巨大な大陸と大陸の衝突が見えてきたりする。そういう、人間の日常の時空間のスケールを越えた世界への入り口、それが石なのだと思っている。

 

(考慮中)

 

・今、「理科離れ」という言葉がありますが、それについて先生はどうお考えですか。

 

 本当に理科離れが起きているのか、という問題がある。むしろ、「自分の頭で考えること」ができなくなっているのではないか。なんとなく、周りがみんなこんな意見だから、自分もそれにあわせておけば、「空気が読めて」問題が起きない。その方が楽だ。・・・そういう発想が蔓延している気がする。

 日本は耕地面積が狭く、地下資源も充分ではなく、国際社会で生き抜くためには、他国にない技術や製品を売るしかない。それは人的資源でもあるが、この国では理数系の能力をもつ人材が重要なことは否定できない。

小学生の将来なりたい職業の調査で、科学者・研究者というのは、いつも上位に入っているらしい。しかし、大学受験で理学部・工学部の人気が、それほど高いわけではない。日本では、技術職や専門職と、事務職の待遇に差が少ない。それなら、わざわざ理系に行って実験やレポートでしごかれるより、大学生活を楽しみながら楽に卒業できる分野の方がいい、と思うかもしれない。

もともと、日本は明治以降、近代化を急ぐあまり、諸外国から進んだ技術を輸入することを優先し、自国でじっくりと科学技術を育てるという伝統があまり育たなかった。すぐ役に立つ技術、知識を優先し、追いつけ、追い越せ、で頑張ってきた。けれども、科学技術全体として世界の最高レベルに達した今、もう追いつくモデルはなく、自分で考えて次の展開をつくらなければいけない。そういうときに、これまでの暗記秀才養成の教育システムがうまく機能するとは思えないし、現在の理科離れも、もしかしたらそういうシステムの矛盾が現れているひとつの姿かもしれない。

 

・理科離れを改善するためにはどういったことが必要だと思いますか。

 

 国全体のシステムは、どうしたらいいのか、きっと解決策はあるのだろうと思うが、あまり思いつかない。それよりも、ごくごく身近なところからできることがあるように思う。

 放送大学では面接授業という、普通の教室や実験室で、合計15時間分の講義を行う形式の科目があり、ここ数年、年に34回、非常勤講師として集中講義を担当している。学生は主婦、会社員、教員、定年退職した人などいろいろで、中には84歳の学生もいた。そのような様々な経歴、年齢層の学生を相手に授業をしていて、毎回のように受講者の熱意、意欲、積極性に驚かされる。もちろん、上達の速度は人により様々だが、授業をしていて非常に楽しい。

 生涯学習をめぐる条件は、まだ充分に整備されているとは言い難い。例えば大学が18歳から22歳前後の世代の収容所になるのではなく、学びたいときに自由に入り、必要な単位を取ったら社会に出て行く、という風通しの良さを獲得できたなら、もっと学生たちの学問に対する姿勢が変わるのではないか、と思うことがある。

 理科は面白い。面白いことを勉強するのに、何の遠慮をする必要があるだろうか。大学院生〜定職のなかった時代、私立中高の非常勤講師をして生活費の半分を得ていたが、生徒を化石採集に連れて行くときに、保護者もどうしても参加したいといってついてくる場合があり、生徒たちに劣らず熱心に採集していた。単に化石を採るだけでなく、化石ができる状況や、周囲の地層が意味することなど、熱心に勉強する姿勢がすばらしかった。大人になっても、何歳になっても、科学を学ぼうという姿勢は大切なことで、入試のための勉強に熱心な高校生のテストでのよい成績などより、よほど価値がある。年齢や立場によらない多くの人々が、科学そのものを楽しむようになることこそが、望ましい状態なのではないか。

 

・主にどんな研究をしているのですか。具体的に教えて下さい。

・今後どういった研究をしたいと思いますか。

 

「岩石に含まれる微量元素を測定して、その岩石が形成された条件を読み取る研究をしています。地球表面の7割が海で、3割が陸地ですが、陸地を構成する地殻は40億年前くらいにはすでに存在していて、形も成分も少しずつ変化しながら、現在に至っています。その地殻の進化を読み取るのが、研究の目標です。

 最近、力を入れているのは、海岸の砂の研究です。ひとくちに砂といっても、場所によってずいぶん違うものです。湘南海岸の黒い砂、瀬戸内海の白い砂、砂漠の赤い砂、珊瑚礁の海岸の白い砂。それは粒子を拡大してみるとよくわかります。研究としては、砂の粒子の種類や割合を調べることと同時に、微量元素の割合を調べて、それぞれの砂の起源を推定しています。この手法は、30億年以上前の地殻の性質を調べようとするときに役に立つのです。地球の歴史の1/3にあたる、30億年より前の時代につくられた地殻の岩石は、地球上の限られた、ごくわずかな地域にしか残っていません。それを調べても、当時の一般的な地殻の性質を見ているのかどうか、保証がないのです。しかし、その中に残っている砂の地層を調べることで、当時の陸域の平均的な化学組成を推定することができる可能性があります。砂や泥などは、海の底にたまるまでに長い距離を運ばれてくるので、広範囲の陸地表面を平均化して代表していると考えられるからです。

 将来的には、地球の地殻の進化の特殊性について、特に生命がどんな役割を果たしてきたのか、明らかにしていきたいと思っています。

 岩石は、月や火星も共通ですので、惑星科学にも貢献できるようになるといいですね。」

 

 

・学生にメッセージをお願いします。

 

 手段の目的化、ということがよく起きる。それは日本人特有のものかもしれない。例えば英語ができることはよいことだが、上達した英語を使って、何を伝えるのか、という部分が欠落していたりする。自国の文化や歴史を語ることのできないものは、英語がいくら上手でも、国際社会の中でしっかりした位置を占めることはできない。

 よい学校、よい会社に入ることが目的の受験競争も、やはり何か違う気がする。所属する集団が自分の価値であると勘違いするのはよくない。自分の価値は自分で証明しなくてはいけない。自分は何を目指しているのか、今何をしているのか、これまで何を実現してきたのか、それが問われる。若い人は、何を目指しているのか、そのためにどんな努力をしているのかが大事であって、実績は問われない。それは大きなアドバンテージである。大きな目標を掲げた方がいい。実現できなくても何かが自分の中に残るし、目標を持てない人間が何かを成し遂げることはできないのだから。

 

 合理主義、というのも、日本に根付いていない気がする。「みんなと同じ」だから安心する、というのは止めよう。自分で考え、最善と思える選択をして、その責任は自分が取る。それができなくては一人前とは言えない。失敗はより大きな自分への飛躍のステップだと思っていい。学生時代に冒険ができないと、社会に出ても、自分の回りの小さな世界で守りに回ってしまう気がする。

 

「地球人の常識」を身につけてほしい。地学を学ぶことも、その一つだと思ってくれるといい。世界にはびっくりするようなこと、不思議なことがあふれている。知らずに死ぬのはもったいない。