火星の大気

 萩谷 宏

 火星の大気は大変薄い(地球の7/1000くらい)のですが、その主成分は二酸化炭素です。火星では、地球で見られるような炭素循環がないために、気候のコントロールができず、現在のような荒涼とした表層がつくられたと考えられています。

 さて、ところで火星はかつて地球のような炭素循環を行っていた、といえるのでしょうか。

 現在の地球内部からの火山ガスで、二酸化炭素が大気に供給されているのは確かで す。問題はその量と、起源です。

 地球の場合は、プレートの沈み込みに伴い、炭酸塩鉱物が内部に持ち込まれ、 また火山ガスとして地表に供給されるというシステムで、表層の存在量がコン トロールされていると考えられています。火山活動は、例えばジュラ紀〜白亜 紀頃の大陸分裂やホットスポット火山活動の激しかった時期のように、時代に よって強弱がありますから、それによって大気中の二酸化炭素が若干変動し、 気候に影響を及ぼすことは考えられます。

 さて、では火星の場合はどうなんだろう。そう考えると、地表から内部への フィードバックは、いまのところあまり考えられないような気がします。プレ ートの沈み込みの証拠があればいいのですが、なかったような気がする。です から、教科書の「地球に見られるような二酸化炭素の循環がとまり」というの は、どのような循環を指しているのかわかりませんが、疑問があります。

 調べてみたのは、金星、地球、火星のアルゴンの同位体比です。アルゴンの 同位体はいくつかありますが、多いのは36と40の質量数のものです。 36は不変と考えていいのですが、40は放射年代測定法のカリウム−アルゴン法 で用いられるように、カリウム40の放射壊変により、地質時代を通じて増加し ます。カリウムは大半が地殻やマントルの岩石に入っていますので、惑星内部 からの形成後の脱ガスの割合を見るのに、とても便利なツールになります。つ まり、アルゴン40の、36に対する比が大きいほど、内部から火山ガスがたくさ ん出てきたことになります。  で、40/36比は、金星で約1、地球で295.5、火星で約3000です。ということ は、惑星形成直後の大気が似たような組成だったと仮定するなら、火星は内部 からの脱ガスが非常に効果的に大気に現れていることになります。  あるいは、この数値は、初期大気の保持率が悪いほど大きくなる、そういう 指標であるとも理解できます。各惑星大気中の希ガスの絶対量は、金星>地球> 火星という具合に2桁くらいずつ異なるようですし。  形成後の脱ガス率と、初期大気保持率の、どちらがどのくらい効いているの か、厳密にきめるのは難しいです。

参考:「惑星の科学」清水幹夫編、朝倉書店(第1章)1993


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