萩谷 宏 : FRONT 2000.7 p16-17 財団法人リバーフロント整備センター
地表にはさまざまな色の砂がある。色が違う原因は砂を構成する粒子にある。一見冴えない色をした砂でも、すくってルーペで拡大してみると、その粒子の多様性に圧倒される。砂粒のひとつひとつが膨大な情報を秘めている。
@九十九里浜の砂:千葉県白子町・白子橋。貝殻片、火山噴出物起源の斜長石、
輝石類、岩石片の他、花崗岩質起源の石英、長石類などからなる。九十九里浜の
侵食の激しいところでは、輝石などの重鉱物の濃集した黒い砂になる。
A伊東海岸の砂:スコリアなど火山岩の岩石片を主体とする砂。斑晶鉱物である、
かんらん石(黄色透明)や斜長石(無色〜白色)が少量含まれている。玄武岩の火山地域の砂浜は、
このような構成の砂が多い。
砂をつくる粒子は、基本的には、岩石が砕かれてできたさまざまな造岩鉱物や岩石の破片である。主なものは、石英や長石、輝石、角閃石などの鉱物や、火山岩、軽石、スコリアなど火山噴出物の破片、変成岩やチャート、頁岩などの岩石片である。これらは河川の上流域や海岸侵食によって砂を供給する領域、すなわち後背地の地質を反映しているのである。
岩石をつくる鉱物のほとんどは、長期間の風化を受けると、その化学組成のなかで水に溶けだしやすい成分が失われ(溶脱され)、分解されてしまう。この溶脱反応は、湿潤で気温が高いほど急速に進行する。
岩石をつくる鉱物のうち、長石類、雲母類、および角閃石類などの有色鉱物は、化学風化過程で陽イオンが溶脱され、粘土鉱物に変化していく。しかし石英はほとんど溶脱による変化を受けないので、化学的風化が進行するにつれて、砂として残る粒子に石英の割合が高くなっていく。
現在の日本のように、温帯で、傾斜の急な河川が分布する地域(変動帯)では、溶脱と粘土鉱物形成による砂の成熟が進まず、もとの岩石の化学組成に近い砂ができる。結果として、構成粒子の中で石英の割合があまり上がらない傾向がある。しかし、熱帯や亜熱帯にある大陸の平坦な地形では、この成熟が非常によく進行し、石英の割合の高い砂がつくられやすい。
@七里ヶ浜:火山噴出物起源の粒子が多く、黒っぽい砂浜。
A重鉱物の濃集:密度の大きい輝石・かんらん石・磁鉄鉱などの鉱物は、
引き波に取り残されて、黒い砂の部分に集められる。
B片瀬西浜(江ノ島)の砂:相模灘に面した砂浜は、
小動岬より西では、相模川や酒匂川などから供給される、岩石片の多い砂である。
上流の地質を反映し、花崗岩由来の石英、長石類、黒雲母が目立つ。
C七里ヶ浜の砂:小動岬を越えた東側の七里ヶ浜では、岩石片の割合が低くなり、
斑晶鉱物の斜長石、輝石類などの割合が高くなる。
D七里ヶ浜の重鉱物砂:引き波で集められた黒い砂の部分。砂浜のかなりの割合を占めている。
茶褐色半透明の斜方輝石(シソ輝石)、暗緑色半透明の単斜輝石(普通輝石)が全体の8割を占め、
その他、黄緑色透明のかんらん石、磁鉄鉱、少量の斜長石を含む。
これらの鉱物は第三紀層や第四紀の火山噴出物から洗い出されたもので、
短柱状〜長柱状の結晶外形が残る。
多様性に富む日本の砂
日本の砂浜は、地域によって変化に富んでいる。火山や地震に表される、変動の激しい土地ゆえの地質の複雑さと、地形の複雑さのために、小さな川の河口や岬ひとつを隔てると、まったく見かけの異なる砂が現れることも多い。
日本の中でも、阿武隈山地や中国山地などは花崗岩の露出する割合が高く、これらの地域を後背地とする砂は、花崗岩が風化してできた石英や長石類の比率の高い砂になっている。
@阿字ヶ浦:花崗岩と変成岩が露出する阿武隈山地南端から南に延びる白い砂浜。
A阿字ヶ浦の砂:不規則な割れ口を示す、透明な石英の粒子が多く、白色〜黄色の長石類など、
花崗岩由来の鉱物片が多い。その他に貝殻などの生物源粒子、第三紀〜第四紀火山噴出物からの輝石や斜長石、
高温型石英などの斑晶鉱物が見られる。
B阿武隈山地北東縁・松川浦の砂:阿武隈の花崗岩や変成岩、古生層と、
それらの砕屑物からなるジュラ紀〜第三紀の地層から洗い出された粒子が主体。
ガラス状の破断面を見せる石英と、斜長石、黄色〜褐色に染まったカリ長石が多く、
この他に細粒の岩石片も見られる。
C産地同上:石英などの無色鉱物や貝殻片の間に、長柱状の斜方輝石や単斜輝石片が目立つ。
これら輝石の起源は、海岸付近の凝灰岩質の第三紀層、あるいは第四紀火山の噴出物と考えられる。
一方、火山地域でありプレート境界にも近い伊豆地方や相模湾の砂は、火山岩片や変成岩片、堆積岩片を多く含み、風化に弱い有色鉱物の割合が高いことなど、安定した大陸地域には見られない、変動帯特有の粒子構成をもっている。
かんらん石や輝石は火山岩の斑晶鉱物として現れることが多いが、これらは風化作用に対して弱く、長期間にわたる風化を受けると分解されてしまう。かんらん石や輝石がたくさん含まれる砂は、火山噴出物の供給が多く、その移動の激しい場であることを示している。
岩石片の多い砂も、火山活動が活発な地域の特徴である。火山地域では、スコリアや軽石の破片など、細粒の火山噴出物がそのまま砂の粒子として供給される場合もあり、それらが風化して粘土鉱物ができる前に、急傾斜ゆえに短時間で砂が運び込まれることを示している。
沈み込み帯では、一般に岩石片の割合が多くなる。海底に堆積した堆積岩が付加体を形成して地表に露出し、砂の材料となる場合は、頁岩やチャートなどきわめて微細な鉱物の集合体が砂の材料になり、それらは岩石片としてしか認識できないことが多い。また、細粒の鉱物の集合体である変成岩が地表に露出し、それが侵食を受けて砂の材料になることもある。
さらに海岸の砂では、貝殻やウニのとげ、サンゴの破片のような、生物起源の粒子がさまざまな割合で加わる。南西諸島の珊瑚礁の海では、炭酸カルシウムの殻や骨格をもつ、さまざまな造礁生物の遺骸が砂の構成粒子となり、石灰質の白い砂浜を形成している。
@与論島の砂:ほぼ100%、炭酸カルシウムの殻や骨格を持つ生物の遺骸片からなる。
丸い円盤形の粒子は有孔虫の殻。そのほか、二枚貝、サンゴ、ウニのとげなどの破片が見られる。
A「星の砂」は突起のある石灰質の殻を持つ有孔虫の遺骸からなる。産地同上。
砂のつくる風景
地球上の砂の中でも、日本の砂にはとりわけいろいろな顔がある。花崗岩に由来する白い砂や、火山地域特有の黒い砂、あるいはサンゴ礁の石灰質の砂があり、それらの中にも、粒子をくわしく見ると微妙な違いが見いだされる。
砂の粒子は地層をつくり、それが付加体を形成して陸上に露出することで、ふたたび侵食を受けて砂として運ばれ、堆積する場合もある。このような循環をくり返すのも変動帯特有の現象である。
岩石が化学的風化を受けると、砂や粘土鉱物を形成する一方、溶脱成分として各種の陽イオン(ミネラル)を地下水や河川水に供給する。動植物に必須なNa、Mg、K、Caなどの元素は、岩石中に含まれていたものが、砂をつくる過程で溶出しているのであり、それが陸上の生態系を底辺で支えているのである。
砂はその土地特有のものである、砂をつくる粒子には、それぞれがたどってきた歴史があり、そこにある理由がある。
日本の自然を語るときには、動植物だけに目がいきがちであるが、砂もまた日本の風土でつくられ、その地質・地形の複雑さを反映して変化に富んだ存在である。砂もまた地質学的な時間スケールでは生き物なのである。
@セネガルの砂漠砂:ほとんどすべてが円磨された石英からなる。風で運ばれる間に粒子が衝突・摩耗する。
付着する微細な酸化鉄のため、表面のところどころが赤く染まっている。
Aオーストラリアのジルコン砂:ジルコンは花崗岩などに少量含まれる、
硬くて風化に強い鉱物である。含まれるごく微量のウランやトリウムの放射壊変を利用し、年代測定に用いられる。
Bハワイのオリビンサンド:火山噴出物中のかんらん石斑晶が海岸の波で洗い出されて濃集し、緑色の砂浜をつくる。
かんらん石には黒いメルト包有物が見られる。