地球システムと環境問題


地球環境の保全と人類

1 地球史の中の人類

 人類は46億年の地球史の中で、ごく最近に出現した生物である。しかし、他の生物と異なり、文化を持ち文明を発達させることで、1属1種で60億もの個体数をもつなど、これほど繁栄した大型動物の例はない。それだけでなく地球の表層に非常に大きな変化をもたらしている。現在、陸上で人類の影響を受けていない土地はほとんどない。海洋においても、漁業や海上交通の場としての利用がなされている。地表を改変し農業や土地利用で生態系をつくりかえるという点では、それまでの生物にない特徴をもった存在が人類なのである。

氷期の終了と農耕の開始
 氷期に世界各地に広がった現生人類の直接の祖先は、マンモスなど寒冷な気候に適応した生物を狩るなど、採集と狩猟を中 心とする生活を営んでいた。
 およそ1万年前に氷期が終了し間氷期になると、狩猟・最終生活を中心としていた人類は、あちこちで定住生活を開始し、農耕や牧畜を開始した。このことは食料の生産性を高め、多くの人口を養えることとなり、やがて文明の開始や国家の形成へとつながった。
 農耕の過程で森林を切り開き、あるいは燃料として薪をとり、牧草地として放牧することにより、古代文明の栄えた土地は荒れ地に変化し、土地がやせて食料生産が低下し、数百年のうちに放棄される土地もあった。
 また、自然災害や小規模な気候変動によって、農業生産が追いつかなくなるなどの問題が起きると、それが急速な人類の移動や拡散につながったこともあると考えられる。

(図 氷期−後氷期の平均気温の変化と海水面変動グラフ)

(図:氷期−後氷期の人類の拡散)

自然の改変・農耕と文明
 後氷期の人類は、野生の植物から小麦や稲、トウモロコシ、バナナや芋類などの栽培植物を生み出し、品種改良によって生産力を上げ、定住生活と増加した人口を支えることを可能にした。また、野生生物を家畜化し飼育することで、肉や毛皮などを安定して得ることができるようになった。これらの活動により森林や草原が畑や牧草地へと変えられることになった。
 狩猟・採集生活では、自然の生産力に依存した食料の供給であって、人類は生物の食物連鎖の中に位置づけられる存在であったとも考えられる。農耕・牧畜により、自然環境を改変して、可能な限り多くの収穫を引き出そうとしたことで、多くの人口を養うことができるようになる一方、周囲の生態系は人工的で特殊なものへと変えられることになった。その土地の自然が通常の生態系でもつ生産力を拡大し、人類に都合のよい方向に無理に変えたことで、気候変動など自然の変化に対して弱くなるというマイナス面も現れることになった。
 大河のほとりに位置する四大文明の発達に見るように、治水・利水が農業生産の上で重要であるため、国家の発達を促した側面もある。現代に至るまで、国家は土地利用による収穫の一部を税として集め、それを再配分することで成立してきた。土地の生産性に依存し、また収益を上げる努力をしてきたことは、それだけ自然本来のシステムから離れた、特殊な応用を繰り返してきたことであり、文明は微妙なバランスの上に成り立っていたのだと言えよう。

(図 世界の人口の変遷 後氷期から現代と主なイベント)

気候変動と人口変動
 古代文明から中世にかけて、国家間の戦争などの要因を別にすると、気候変動による食料生産の増減が人口に大きな影響を及ぼしていた。10世紀頃の比較的温暖な時期には、グリーンランド南部でも農業が可能になり、この時期にバイキングが北ヨーロッパ各国に入植した。一方、17世紀から18世紀にかけての時期など、太陽活動が低下し気候が寒冷化に向かった時期には、農業生産にも大きな影響があり、日本でも飢饉が起きている。このように、気候の変動は農業を通じて人類に大きな影響を及ぼしてきた。

産業革命以降の人類
 ルネサンス期から産業革命期以降、政治的な要因や植民地獲得競争などによる問題を別にすれば、農工業の生産性の向上、医学の発達などにより人口は増加し、多くの都市も発達した。水環境と公衆衛生には深いつながりがあり、欧州では上水道・下水道の発達により伝染病が減少した。

化石燃料の消費
 燃料用に薪をとることや過放牧は都市の周囲の森林を破壊することにつながり、そのため古代都市は一定の期間で荒廃し放棄される例があった。しかし、地中から石炭、石油などの化石燃料を取り出すことで、森林破壊には一定の歯止めがかかり、長期にわたる都市の存続につながったことになる。その一方、これまで地中に保存されていた膨大な炭素が地表の物質循環に加えられることで、急速な大気中の二酸化炭素濃度上昇の問題が生じた。
 化石燃料の使用によって、大気汚染などのあらたな環境問題も生じた。石炭は副成分として硫黄を含むため、これを燃焼させることで、有毒な二酸化硫黄などのガスが発生する。18世紀のロンドンでは、石炭燃焼による大気汚染のために数万人の死者が出るほどの問題が引き起こされた。
 現在でも脱硫装置が未整備の地域では、大気汚染や酸性雨などの問題が生じている。

 現代文明は大量の化石燃料の消費によって支えられている。電力、交通、鉱工業や農業など、都市生活を支えるあらゆる産業は化石燃料の大量使用で維持されている。中東戦争がきっかけで起きた1973年のオイルショックを期に、地下資源の有限性が意識されるようになり、日本でも省エネルギーが叫ばれ、一時的に石油消費が低下した時期があった。
 現在では、化石燃料の資源枯渇の問題は、あらたな埋蔵資源の発見や消費量の頭打ちなどで、表面化していない。しかし今世紀中には石油の資源量低下と価格高騰が見込まれていることは変わらず、代替エネルギー開発の重要性が増している。

(図:化石燃料消費量・二酸化炭素放出量の変遷)

(表:化石燃料の分類、埋蔵量、問題点)

人工物質の放出
 20世紀の化学工業の発達により、さまざまな新しい物質が生み出された。最初は石炭から、そして第二次世界大戦後には石油から、合成繊維をはじめとしてさまざまな製品がつくられた。人体に有害な物質もつくりだされ、局地的な環境問題の原因となった。殺虫剤のBHCやDDT、ベトナム戦争で使われた枯葉剤の主成分であるダイオキシンなどがその例である。
 これらの有害物質に比べて、人体への毒性や環境への影響が認識されなかった、PCBやフロン(注)は、工業製品に広く使われ、自然界にも大量に放出された。毒性が認識されなかったために早い段階で対策がとられず、かなりの量が大気、土壌、海洋に放出され、生態系やオゾン層などの地球システムに問題が生じてから規制が本格化したため、対策が後手に回ってしまった。
 先進国では規制されている物質が、途上国では法的な規制が未整備のために大量に使用され、自然界に放出されている場合もあり、また有機スズなど、環境ホルモンと総称される、生物の生体内のバランスをくずす物質が次々と発見されるなど、人工物質の引き起こす問題は今後も解決への努力を続ける必要がある。

 フロン:正式にはクロロフルオロカーボン(CFC's)と呼ばれる数種類の有機塩素化合物を指す。

地球環境問題
 局地的な人工物質や産業廃棄物などによる汚染の問題だけでなく、地球の大気や海洋の循環によって物質が拡散し、あるいは特定の場所に集中し、問題を引き起こすことがおきている。多くの環境汚染が国境を越えた問題となり、地球規模での汚染につながる例も多い。
 また、産業革命以降、化石燃料の使用によって放出された膨大な量の二酸化炭素は、一部は海洋に吸収されたが、大気中に留まり、二酸化炭素濃度を急速に上昇させている。二酸化炭素を初めとする温室効果気体の放出は、地球全体の温暖化につながり、氷床融解や海水の熱膨張による海面上昇、あるいは地球規模での気候変動や気象災害の増加、生態系の変化や伝染病の増加などが心配されている。
 焼き畑や伐採による森林破壊によって、熱帯地域では土壌の流出と砂漠化が進行している場所もある。温帯域でも森林伐採の影響により、荒れ地が広がったり、乾燥地域では灌漑によって地下の塩分が地表に集められる煙害が広範囲で起きたり、アラル海のように河川の流量減少によって湖が縮小あるいは消滅してしまった場所もある。
 地球史の中で、これまでにない速度で地球表面の自然条件を変化させ、土地を変化させているのが、現在の人類の姿なのである。

(表:地球環境問題の種類と原因、とりうる対策)

コラム:二酸化炭素と地球温暖化
 産業革命以降、人類は大量の化石燃料を消費し、その燃焼によって大気中に大量の二酸化炭素を放出してきた。化石燃料の材料は、地下に埋没した陸上植物や植物プランクトンなどの生物遺骸であり、数千万年、数億年前の生物が光合成によって大気中の二酸化炭素から取り出した炭素を地下で蓄えているものと考えてよい。その量は現在の大気中に存在する二酸化炭素に含まれる炭素よりもかなり大きい。
 現在の地球上では生物の光合成活動や呼吸などにより、炭素が循環するシステムが機能している。化石燃料が地中から掘り出され、燃焼によって大気に加わると、地球上で循環する炭素の総量が増加することになり、二酸化炭素濃度が大きくなる。 化石燃料の大量消費は、現代文明を支える石油や石炭の資源枯渇の問題もあるが、二酸化炭素濃度の急速な上昇による地球温暖化問題が重要であり、その対策が急務となっている。
 地球温暖化問題は単純に二酸化炭素濃度が高くなることが問題なのではなく、その変化が自然のプロセスよりも急速に進行しているために、生物や人類自身の産業活動がその変化に追いつけないことに、この問題の本質がある。
 地球温暖化によって、氷床融解や海水の熱膨張による海面上昇、異常気象による干ばつや洪水、異常高温などの気象災害や砂漠化などの問題が懸念されている。気候変動への影響は予測が難しく、また農業−食料生産への影響に直結することから、温暖化の防止、軽減と対策について、国際協力がよりいっそう必要な地球環境問題となっている。

(二酸化炭素濃度の変遷)

2 地球システムと人類

生命を守る地球環境のしくみ
 われわれがふだん意識せずに呼吸している地球の大気が、長い地質時代を通じた生物の光合成活動によってつくられてきたように、われわれの生存は地球のしくみに支えられて維持されている。
 宇宙船や宇宙服のしくみを見ると、宇宙空間のなかで生きるためにはさまざまな防護のしくみが必要であることがわかる。宇宙空間には生物に有害な高エネルギーの放射線やエックス線、紫外線などが存在し、宇宙船や宇宙服ではそれらから搭乗員を防護するしくみが必要になる。また、太陽光に当たる面は高温になり、太陽に当たらない部分は低温になるため、温度調節も必要である。さらに、人間が呼吸する酸素を供給し、二酸化炭素を処理しないと、窒息してしまう。飲用の水も供給しなくてはいけないし、一方で排泄物を処理しなくてはいけない。そのために宇宙船ではかなりの資源とエネルギーを消費することになる。
 地球の上では、人類の生存に関わるこれらの働きを、自然のシステムがすべて処理することで、われわれの生存が可能になっている。

(図 地球のバリア・システムと宇宙船の比較模式図)

地球の熱輸送システム
 地球の表層では、熱を運ぶ働きとしての対流が様々のスケールで存在し、それが地表を常に変化させ続けている。地殻とマントルは十数枚のプレートを構成して、マントル対流の一部として相互に運動しながら地球内部の熱を放出しており、このために地震や火山活動の激しい地域ができる。また、プレートの運動とは独立して、ホットスポットの火山活動として地球内部からの熱を放出する場所もある。
 大気と海洋は、太陽放射のほとんどを受けとめて暖められる地表面の熱を、低緯度から高緯度へ運ぶはたらきをしている。それが大気の大循環や、海流系による熱の輸送、水蒸気による潜熱輸送としてあらわれる。
 これらのプロセスは、地球の物質循環と密接に結びつき、地表の生態系を支える重要な働きをしているが、一方で人類にとっては自然災害の原因ともなりうる可能性を常に持っている。

(図 地球表面での大気や海水の流れ、大循環模式図)

自然災害のしくみ
 台風や集中豪雨による風水害、斜面崩壊など、あるいは地震や火山噴火など、自然現象は大きな災害につながる場合がある。これらは地球の熱輸送やそれにともなう物質循環の現れであって、地球のシステムはこうした活動でバランスを保っているのであり、間接的には人類に必要なプロセスだとも言える。例えば日本では台風がもたらす降水は年間降水量の1/3に相当するといわれ、これがなくなると水不足をもたらすことになる。災害をもたらす自然現象は、人類の産業活動や生活を営む上で想定していた以上の変化をもたらすために災害となる。その土地の条件で起こりうる災害を予測し、あらかじめ充分な対策を立てておくことが、被害を小さくするために必要なことである。

 1995年の兵庫県南部地震で、多くの建築物が倒壊した中で、充分な耐震対策のなされた建築物の被害が少なかったことをみても、あらかじめ起こりうる災害を予測し適切な対策を立てることが被害の局限につながることがわかる。

(表:自然災害の分類)

 自然災害は、その種類によって異なる周期で繰り返す性質がある。毎年のように来襲する台風のような自然現象は比較的対策が立てやすい。一方、数十年、数百年に1回という周期の地震や火山噴火に対しての備えは、必ずしも充分になされているとはいえない。地震や火山の活動など、固体地球の活動による災害については、ふだんからの観測や調査を充実させるとともに、起こりうる災害の性質を把握し、そのリスクをきちんと評価して対策を立てることが重要である。

(表:災害の周期の時間スケール)

(台風・集中豪雨、プレート境界型地震、活断層型地震、火山 噴火、巨大火山噴火、巨大隕石衝突、・・・)

汚染の種類
 人類の活動によって自然環境に何らかの変化を与えるものが拡散し、その結果、人々に都合の悪い変化が引き起こされる場合を汚染と呼ぶ。汚染の種類は様々であるが、汚染と呼ぶからには、人間にとって都合の悪い変化をもたらすという点で共通している。

*例えば、強酸性の温泉水を河川や湖にそのまま流すのではなく、石灰岩で中和して流す場合、中和させることで水中のCaが増加するが、これを汚染とは言わない。

 汚染は自然界のさまざまな場所で起きうる。汚染の場の分類では、大気汚染、水質汚染、海洋汚染、土壌汚染などがある。 汚染の原因としては、以下のような例が挙げられる。

1)病原体による汚染(病原性大腸菌O157など)
2)化学物質による汚染(6価クロム、DDTなど)
3)砕屑粒子による汚染(赤土の流出など)
4)大量の有機物による汚染(貧酸素環境をつくる)

 これらの汚染が人間に与える影響についてもいくつかに分けられる。
1)直接健康に被害を及ぼす
2)農林水産業や観光産業に被害を及ぼす
3)生態系に影響を与える
4)悪臭など、人に不快感を与える。

(表:汚染物質の例と汚染による被害一覧)

(大気汚染  水質汚染、海洋汚染  土壌汚染  騒音・振動など  複合要因の汚染)

汚染と環境問題のスケール
 汚染物質の放出と、それが原因で起きる被害は、さまざまな空間スケールで発生し、またその解決にかかる時間もさまざま である。そのため汚染の種類によってとりうる対策も異なる。

(表:大気汚染、海洋汚染の時空間スケール)

拡散と濃縮
 地球表面には、太陽の熱が過剰になる低緯度から不足する高緯度に運ぶように、大気や海洋の運動により熱を再配分するしくみができている。
 熱の輸送が熱対流によるものであれば、熱を運ぶ媒体が一緒に動くので、その流れによってさまざまな物質が運ばれ、再配分されることになる。流れの中での蒸発や凝結などのプロセスで、地球上に降水量の多い地域と少ない地域が生まれ、あるいは同様のプロセスで汚染物質の集中が生じることもある。
 フロンが主に北半球で放出されていながら、南極でオゾンホールが形成されていることや、北極圏及び南極圏の生物でPCBなどの有機塩素化合物が高濃度で検出されることも、このような物質循環のしくみと関係が深い。

(図:蒸発−降水とエアロゾル、汚染物質濃縮の模式図)

生態系での物質循環と生物濃縮
 生態系において上位に位置する生物ほど、高濃度の汚染物質が蓄積されることが、さまざまな場所で確認されている。食う食われるの食物連鎖によってこのような蓄積が進行するしくみを生物濃縮と呼ぶ。
 DDTやPCBなどの化学物質の生物濃縮が起きるのには、これらの人工物質の安定性が高く分解されにくいことに原因がある。これらの物質は油に溶けやすい性質があり、生物体内では主に脂肪に蓄積される。人工物質は食物を通じて生物体内に取り込まれる一方、体内でほとんど分解されないために、脂肪は入れ替わるのに有害物質は残されることになる。こうして高濃度に蓄積された化学物質は、免疫機能を低下させたり、奇形を引き起こすなど、生体内のバランスを崩し、問題を引き起こすことにつながっている。
 PCBなどは化学的に安定で容易に分解しない物質であることが工業的には便利な性質であるため、大量に使われて環境に拡散してしまった。拡散すれば影響は少ない、あるいは低濃度では人体に影響しないと思われたこれらの物質は、生体内に取り込まれた時に分解されないことで生物濃縮を起こし、高濃度に蓄積されることで毒性が現れる。人類は生態系の高次消費者に位置しうる存在であることから、このような汚染と無関係ではいられないのである。

(図:食物連鎖と生物濃縮の模式図)

重金属などの汚染
 現代文明は化石燃料だけでなく、鉄、銅、金、銀、クロム、ニッケル、スズ、マンガンなど、多種多様な金属、非金属を地中から取り出し、消費することで成り立っている側面がある。それら地下資源の採掘過程でも、環境への影響が生じる。
 鉱山での金属資源の採掘に伴い、それまで地表の酸素に触れることのなかった、鉱石や副産物としての鉱物が地表にさらされ、化学変化によって水に溶けだし、河川に流れ出して農業や住民の健康に被害を及ぼした例がある。いわゆる鉱毒問題がこれにあたる。
 また、鉱石から金属類を取り出す過程で使われる水銀やシアン化物などの物質が、そのまま廃水などとともに放出され、周辺の住民の健康被害につながった例がある。
 また、掘り出した廃石捨て場や、製錬過程の廃棄物が積み上げられて、それが集中豪雨などで泥流や土石流となって周辺に被害を及ぼすこともあった。
 製錬の過程で二酸化硫黄などの有害なガスが発生し、それが周囲の植物を枯らし、住民や家畜にも影響を及ぼすことがあり、煙害と呼ばれた。汚染の原因物質を工業的に回収する脱硫装置などの開発が成功するまで、煙害は大きな問題として存在した。現在の日本ではこのような煙害は技術的に解決したが、焼却炉で発生するダイオキシンなどの有害物質の拡散が別の形の煙害として問題になっている。

(表:鉱毒問題と原因物質の例)

コラム:日立鉱山の煙害問題
 阿武隈高地の南端にある日立地域には、中世から銅の鉱床の存在が知られており、明治時代以降に本格的な採掘が始まった。銅の鉱石は鉄や亜鉛、鉛とともに、硫黄との化合物の形で存在し、銅をはじめとする金属を取り出すために、溶鉱炉で加熱し、硫黄を酸素と化合させて取り去るため、大量の二酸化硫黄を排出する。二酸化硫黄は動植物や人体に有害な物質であり、酸性雨の原因物質の一つでもある。銅の生産が拡大するにつれて二酸化硫黄の排出量も増え、田畑や森林、家畜、さらには人体の健康にも被害が現れ、鉱山経営上もその補償が無視できなくなった。
 この煙害対策のため、当時の日立鉱山は煙突の改良とともに製錬所の周囲に観測所網をつくり、風向きなどの気象条件によって排煙が被害を及ぼしそうな時は、電話による指示で溶鉱炉の操業を減らして排煙量を調節するなどの対策をとった。また煙に強い作物や植物の育成なども行われた。しかし生産量の拡大とともに被害と補償額は増加の一途をたどり、根本的な解決を迫られた。
 この煙害問題解決のために、当時はほとんど行われていなかった高層気象観測を1年間にわたって行い、その結果をもとに、地表付近にできる逆転層を突き抜ける、当時の世界一となる高さの煙突の建設に踏み切った。これが成功し、被害は激減し、周囲の村々は廃村の運命から逃れることができた。
 日立鉱山の煙害問題解決の成功は、科学的な調査によるデータ収集と、その対策がうまく結びついて機能したことに原因があると考えられる。単に高い煙突をつくるだけでは、有害物質の広域的拡散につながる可能性もあったが、季節風の風下側に太平洋が広がるという地理的条件も幸運であった。また住民と企業との協調が科学的な解決に大きく貢献したともいえる。

都市化による地域環境の変化
 過密な大都市の形成により、森林の減少、地面の被覆率の増加、空調設備による廃熱などで、都市形成以前に比べて地域の平均気温が上昇(ヒートアイランド現象)したり、工場や自動車からの排気ガスの放出が集中することで、光化学スモッグなどに代表される大気汚染や、局地的な大雨や洪水をもたらすなどの影響が生まれる。
 交通の便利さや効率を追求した結果、過密な都市が生まれ、それが住環境の悪化を招いている。また、過密は地震災害や火災に対する脆弱さにつながり、水環境の悪化を招くことにもつながっている。

地球環境問題
 様々な種類の汚染や環境破壊が特定の地域にとどまらず、地球規模で広がり進行していることが現在問題となっている。地球温暖化に伴う海面上昇や気候変動の問題、オゾンホール、有機塩素系物質や環境ホルモン物質などの汚染物質拡散などがその例である。このような地球環境問題に対しては、一国の努力で解決することは不可能であり、各国が協調して対策を立て、実施に移すことが必要とされている。

 すでに学んできたように、地球のシステムは我々人間の生活感覚とは異なる時間・空間スケールで調和を保ってきた。産業活動によって一時的に環境を悪化させても、長い時間をかければ生態系や地表環境はバランスを取り戻すことができる。しかしそれには数百年、数千年という単位の時間が必要であり、そこに住む人間の生活に好都合な環境を短期間で回復させることはできない。
 今日のように科学技術が発達し、物質に関する知識が増えても、対象が巨大で複雑な地球システムの挙動については予測が難しく、あらたな物質が使われるたびに予想外の問題が生まれている。科学技術は人類の健康で安全な生活の実現に寄与してきたのであり、否定することはできない。我々の知識や理解の不完全さが、これらの問題の根底にあると考えるべきだろう。わたしたちは、問題が起きた時に早期に適切に対処することを心がけるとともに、知らないことに対して謙虚であるべきではないだろうか。

 地球環境問題は、先進国と発展途上国のエネルギー消費の格差、経済発展の必要性とのかねあい、そして人口問題などが複雑に絡み合っていて、簡単な解決はできない。
 また、汚染物質の種類によっては、地球の物質循環と分解の時間スケールが非常に長いことから、いったん自然界に放出された汚染物質を分解し自然界のバランスを回復するには、数十年、数百年、数千年という単位で時間がかかることが予想される。 地球環境問題は、地球システムのバランス回復と人類の活動の時間スケールの違いに起因する部分も大きい。二酸化炭素の排出問題にしても、オゾンホールの回復についても、時間がかかる点では共通である。
 しかし、いま対策を講じることが未来の人類への負担を減らすことにつながるのであり、現在の問題解決に即効性がないとしても、問題解決への努力を未来に向けて続ける責任を、われわれ現代人は負っているといえるだろう。

(京都会議議定書の問題)


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ver.2003.9.1/2003.11.25 H.Hagiya