学びのかたち

 …「私の【理科の部屋】活用法」1997.7 民衆社 の執筆原稿(一部改変)。記述は1997.2時点
学びのかたち

 コメントツリーから広がる不思議な学びの世界、野外観察の共有体験

                          萩谷 宏(KGH06345)




二足のわらじを履きながら

 地質学専攻の大学院生として研究の道を志す一方で、生活のために私立中高 で理科(地学)の非常勤講師をする、いわば2足のわらじの生活がもう4年に なります。講師を引き受けるにあたって、自分の知識量には自信がありました し、自負もありました。けれども、教えることは難しい。それを実感として理 解し始めた頃、この【理科の部屋】との出会いがありました。そこでの交流を 通じて、いかに自分の理解や経験が豊かになったか、自分の行う授業の内容に 変化があったか、それをいま思い返しています。

【日食】の話題から

 95年の10月に、日本の各地で部分日食が見られることから、日食を各地で観 察しようという話題で盛り上がりました。観測方法のひとつとして、鏡で太陽 光を反射し、遠くの壁に像を投影すると、太陽のかたちになる。これはどうし てか、という話題が中村 敏弘さんから出されました。これに関連して、自分 の小中学生の頃の、レンズや光を使ったいたずらの記憶を書き込んだところ、 中村さんからもっと書いてほしいとコメントがついて、ついついこの話題に深 入りしてしまいました。
 勤務先の学校の校庭で、放課後に鏡の反射光でその像が丸くなる距離などを 測ったりしていたところ、通りかかった生徒が興味を示すので、「それでは君 の足元に落ちている、校舎の影の輪郭がぼんやりしているのはなぜかな?」と 質問してみました。ごく軽い気持ちで質問したのですが、その生徒は真剣に悩 み始めて、僕が職員室に引き上げてから1時間も、ああでもない、こうでもな いと自分でいろいろな影を作りながら悩んでおりました。その後も、ガラスの 破片でプリズムを作って、影の部分で光の成分が変わるか試したりしたようで す。1年たったいまでも納得していないようです。簡単に納得しないで追求す る生徒の姿はうれしいことです。
 僕は、こんな簡単なことに生徒が考え込み、悩むことになるとは思っていま せんでした。地学の知識を詰め込む前に、身近なことで生徒がわかっていない ことがたくさんあるのではないか。それを僕は気づいていなかった。もっとも っと知らなくてはいけない。反省させられました。

小国訪問のこと

 僕の研究テーマのひとつに、古い時代の堆積岩の化学組成から、地殻の組成 的な変遷・進化を読みとることがあります。もともと阿武隈山地の変成岩から 研究をスタートした僕にとって、その隣に位置する飯豊・朝日の山地のデータ はとても必要なものでした。しかし、文献を読んでもよくわからない。そんな ときに、ある日、【理科の部屋】でよくやりとりをしていた、たくお(今 琢 生)さんのホームページを見ていたら、小国の古い地質と題して、僕の目的の 粘板岩の露頭写真が出ているではありませんか。さっそくたくおさんに連絡を 取り、5月の連休に残雪の残る小国を訪ねました。
 会議室で数回コメントのやりとりをしただけの僕を、おうちに泊めていただ き、ご家族をあげて歓迎してくださいました。たくおさんは丸2日をつぶして 僕に小国周辺の地質を案内してくださいました。おかげで僕の試料採取もうま くいき、また地質に限らず、地元の自然について実物を見ながら、たくおさん の解説付きで見ることができました。そこで生活している人の自然を見る目は 鋭いのです。たくおさんの質問にたじたじとなったことが何度もありました。 ぱっと来て見ただけではわからないこと、見過ごしてしまうことを、いくつも 教えていただきました。
 都会の学校では、露頭ひとつ見せるのに下手をすると1年がかりの準備がい ります。その点、山間部の学校は豊富な自然をそのまま教材にできて、うらや ましい限りです。けれども、そのままではその自然のおもしろさや特色がなか なかわからないし、伝わらないでしょう。たくおさんの地域の自然を教材に生 かす試みはその後も発展して、山形大学の研究室や新潟大学の学生さんとの連 携もできて、興味深く価値あるものが生まれてきています。僕も生徒さんから コメントに対する丁寧なお礼のメールをいただきました。今後もできるだけ協 力したいと思いますし、その取り組みから学ぶところは大きいです。

地域の自然から学ぶ

 山本 央明さんと福島の相馬地方を回ったのは、夏休みも終わりに近い8月 下旬のことでした。山本 央明さんにも、以前から学会の帰りにお宅に泊めて いただいたり、お世話になっているのですが、相馬地方は央明さんの育った土 地ということで、このときもすっかり案内していただいてしまいました。央明 さんと一緒に歩いていると、これがまた感心するほどどん欲に質問されるので す。僕はこの時もたじたじとなってしまいました。
 僕にとっては、やはり研究用のサンプルを確保するのが目的だったのですが、 相馬の地質は見れば見るほど面白いのです。海岸では松川浦といって、第三紀 層の岬と砂州が不思議な入り江を作っていたり、山側を見ると、双葉断層に沿 って変成岩の尾根が続いていたり。そして内陸にはいると、山のてっぺんに第 三紀の河川堆積物や火山噴出物が崖を作っていて、その下に古生代の海の地層 や貫入した白亜紀の花崗岩があり、それをいま真野川が削っていたりする。そ れぞれの時代の出来事を露頭から読みとれて、様々なスケールでの、地質学的 な事件が読みとれて面白いのです。
 それらを山本さんに話すと、いちいち感心して、ご自分で考えて、質問して くださる。それがありがたいことでした。僕にもわからないことはいっぱいあ るのですが、質問に答えようとすることで理解が深まり、また答えるために文 献を読み直して、僕も勉強になるのです。宿で朝の3時にごそごそ起きだして、 2人でひとつの机に向かって、それぞれ文献を読み直したりプログラムを手直 ししたりしたのも良い思い出です。そんな2日間を通じて、守備範囲の広い山 本 央明さん一流の「学びのかたち」を教えていただいたと思っています。

藤沢市科学少年団との出会い

 勤務先の巣鴨学園では、毎年年末に、生徒を連れての化石見学旅行をいわき で行うのが恒例になっています。これは僕の大学の先輩でもある安生 健先生 が始められ、僕もご一緒させていただいているものです。地元の方々、特に宿 のみなさんや地主の方々、教育委員会やいわき自然史研究会の方々のご協力を いただいて、継続することができています。
 昨年の正月に、暮れに実施したこの化石見学旅行記を【理科の部屋】に書き 込みました。それを読んだ神崎洋一さんが、ご自身の所属する藤沢市科学少年 団の夏期研修旅行の行き先にいわきを提案されたことから、安生 健さんと僕 が、下見と本番で少年団のみなさんとご一緒させていただく機会を得ました。
 この少年団の先生方との出会いも、僕にとって新鮮な驚きでした。個性豊か な面々が、こどもたちと一緒に、こどもたちに負けず劣らず、いきいきと自由 に、自然を、科学を楽しんでおられる。たぶん、こどもたちもそれとわからな いうちに影響されて、面白さを肌で感じ取ってしまう、そんな雰囲気があるの でしょう。学校という入れ物が昔から苦手な僕など、ご一緒して本当にのびの びした気分を味わってしまいました。枠にとらわれない学びのあり方を目の当 たりにして、とても考えさせられました。
 すばらしいのは、中3までで卒業のこの少年団には、高校生・大学生からな るOB団が存在していて、それがこどもたちの学びの上でとても有効に機能し ているのです。これも感心しました。タテのつながりが希薄な時代に、とても 面白い、意義のあることだと感じました。こんな科学少年団があって、毎月活 動していることを知るだけでも、僕にとっては収穫でした。
 天気にも恵まれて、豊かな自然の中でこどもたちが夢中で化石を探す姿に、 僕もちょっとだけ関わることができた、満足感とうれしさを感じることができ ました。

教材のやりとり

 会議室でのやりとりやオフを通じて、いろいろな広がりが生まれました。そ れは学校で教えている生徒たちにも影響を及ぼしています。天神さんたちに虹 ボードの制作を教えていただいて、それを授業に使って生徒たちにも喜ばれま したし、他の先生と暗くなった教室で点光源の周りで「拝礼」してしまったり。 北海道駒ヶ岳の噴火の第一通報者の青野 裕幸さんから、写真と火山灰を送っ ていただいて、こどもたちに見せたら、写真のプリントアウトを生徒が欲しが って殺到し、うれしい悲鳴を上げることになりました。左巻さんからは燃焼実 験用のダイヤモンドと石墨の標本を分けていただいて、鉱物の授業に活用する ことができました。音楽家のEBAKOSさんからは、演奏旅行先の与論島の海岸砂 を送っていただき、こどもたちは大喜びで、そのサンゴや有孔虫の殻でできた 砂をいじりたおしていきました。
 【理科の部屋】を起点にした交流は、僕だけにとどまらず、まわりにどんどん 影響を広げていきます。ひととひとのつながりの不思議さを感じます。

 振り返ってみると、短い間にたくさんの方々から有形・無形の財産をいただ きました。僕からどれだけお返しができたかと思うと、とても申し訳ない気が しますが、この借りは少しずつお返しできればいいなと思っています。
 会議室に書き込む人々は、クレージーといってもいいくらい、すごい人々が 集まっているなあ、という実感があります。日本のあちこちで、こういう熱心 な人々が活躍しているのだということを知って、理科離れや科学技術離れが叫 ばれ、それが事実だとしても、そんなに悲観したものではないぞと思います。
 クレージーな面々は学校教員だけではありません。垣根のないところも【理 科の部屋】を魅力的な空間にしています。だれだって学校で過ごした時代があ り、また、子供たちとともに学ぶ機会をもっているのですから。いろんな事に 興味を持ち、あるいは理科教育に関心を持つひとは、だれでもどうぞ、そんな 雰囲気が好きで、僕は【理科の部屋】をやめられずにいます。これからは、ま たどんな展開があるのでしょうか。わくわくしています。


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