放送メディアの地学教育における可能性

〜NHKジュニアスペシャルの制作から

 

萩谷 宏(武蔵工業大学)

 

key words: 映像、webサイト、双方向性

 

 


1.NHKジュニアスペシャル

 1998年4月、NHK教育の新番組として、「ジュニアスペシャル」の放送が開始された。毎週土曜朝10:00-10:30の放送枠で、2年間、40本が放送された。その後も2年間にわたって深夜枠で全40回の再放送が実施された。また各回のあらすじと、約500項目にのぼる用語解説を加えた番組webサイトも開設された。

 もともとこの番組は、BS,CSを含めた多チャンネル化やデジタル化に際して、既存の映像資産をどう活用するかという問題意識のもとに、NHKスペシャルやNHK特集といった過去に放送された大型番組を再利用し、小学校高学年から中学生を対象に想定して、教育目的に再構成して放送しようという、実験的な性格を持つ番組企画であった。

 その方針に基づき、1998年度はNHK特集「地球大紀行」から7本、「生命」から8本、「人体」から5本をとり、これらのシリーズから素材を取って、2,3本のVTRと、スタジオでの質問と応答、簡単な演示実験や実物標本の観察を通じて、内容についての理解を深める、というしくみを取っていた。

 1999年度は、「宇宙」をテーマに7本、そしてNHKスペシャル「海」などを素材として「地球環境」をテーマに13本が制作され、放送された。

 

 筆者はこの番組の制作開始時に、番組アドバイザーとして、VTRおよびスタジオの科学監修を依頼され、以後、継続して番組制作およびwebコンテンツ制作に関わってきた。

 

番組の構成と形式

 番組の基本構成は、もとのスペシャル番組から素材を再構成し、新たな情報を加えた7−8分のVTRを2本紹介し、その前後と中間に、スタジオで質疑応答のかたちで内容を補足し、理解を深めるようにしている。

 もともと、放送時間枠が土曜午前であり、週休2日制の移行期でもあり、家庭での視聴と、学校での利用の両方を視野に入れて制作された。用語はなるべく専門的になることを避けて、小学校高学年で理解できる範囲にとどめるよう努力したが、固有名詞などは省かないことにした。

 番組は、2050年に第二の地球となる惑星を発見し、その惑星改造計画が進行しているという設定の演出がなされている。そのための課題として、地球システムや生命の歴史、人体のしくみ、宇宙の構造などから課題を選び、科学者の卵である女の子「さくら」が学んでいくという形を取っている。学習のために、CGキャラクターのデータベースロボット「ポキート」と、解説を担当する案内役「博士」がサポートする。

「博士」役は、放送大学の濱田隆士氏と、NHK解説委員の小出五郎、高柳雄一両氏が担当した。

 「地球大紀行」をはじめとするNHKの大型企画番組は、本放送、再放送の他、ビデオやLD、CDなどで販売され、学校教育の現場で用いられる機会も多い。しかし、放送後10年以上経つと、進歩の早い地球科学や宇宙科学、古生物学などでは新たな発見や進展があり、そのままでは内容が古くなり、不適当になっている部分がある。

 そこで、構成台本作成前に、もとになる番組を検討し、問題点をチェックし、必要に応じてリサーチの作業を担当のディレクターとともに行う必要があった。番組で紹介する内容が多岐にわたるために、毎回、文献、資料をそろえ、ほとんどが文学部などの出身で、理科系科目を得意としない担当ディレクターの、初歩からの学習を補佐する必要もあった。

 下準備を終えた段階で、スタジオでの収録前に、「博士」役の出演者と、内容に関する打ち合わせを行い、VTR部分を組んでから、スタジオ収録を行った。スタジオでの説明用の素材や標本の調達には、博物館を始め、さまざまな施設、団体、個人の協力を得た。

 科学的な内容をアップデートするため、各回のテーマに応じて、地球科学以外の各分野の若手研究者の協力を得た。これは番組の質を高める上で大きな効果があった。収録前の台本のチェック、スタジオでの進行立ち会い、さらにナレーション収録の際の原稿チェックを、専門家が責任を持って行ったのは、NHKではこれまでにあまり例のないことであった。そのため、内容に関する誤りの指摘はほとんど受けることはなかった。

 

視聴者層と反響

 もとの番組に比べて、親切でわかりやすい、という肯定的な評価がほとんどで、こども向け番組であるから、元番組よりも質が下がっているといったネガティブな評価は皆無だった。

 特に、VTRを再構成するだけでなく、スタジオでの解説部分があることで、そのVTRの内容をおさらいするだけでなく、さらに発展的な話題を紹介するなど、理解を深めるのに役立っている、という評価が多かった。

 一方、授業で使用する場合に、スタジオ部分が不要である、という感想も教員から多く寄せられた。これは当初から想定していたことであり、学校現場で利用する際は、VTR部分を使ってもらい、スタジオ部分は教員自身が参考にして、自身の言葉で語ってもらうのが望ましい利用法ではないか、ということが制作側では共通した認識であった。

 CGキャラクター(ポキート)の存在は、小中学生の感想からは、肯定的な反応と否定的な反応に分かれているのが目立った。小学校中学年以下の低年齢層では概ね肯定的、中学生以上になるとやや否定的な感想が増加する傾向があり、これは広い年齢層を対象としている以上、仕方がないことともとらえられる。

 本放送時の視聴率調査からは、放送開始から終了まで各回1-2%、最大3.4%の時間平均視聴率であった。夏休み、冬休み、春休み期間の再放送時にも、教育テレビとしては比較的高い視聴率が記録されている。本放送と再放送で、基本的に2週ごとに番組内容が入れ替わるしくみになっているが、月二回の週休2日となる土曜の視聴率が高く、家庭で児童・生徒が視聴する機会が多いことが推定された。

 年齢層では、3歳から12歳の就学前から小学校児童の年齢層での視聴率が比較的高く、この年齢層で最大15%であった。これに加えて30代女性の視聴率がやや高く、家庭で母親とこどもが一緒に視聴するという形態が比較的多かったと推定される。番組に寄せられた視聴レポートや、投書でも、このような視聴形態が多かった。

 番組の視聴者からの指摘や要望の一部は、番組に取り入れられ、活用された。例えば第1回の放送で、「摂氏350度の熱水」という表現に、100度で水は沸騰するのではないかという質問がモニターや一般の視聴者から寄せられた。このため、圧力によって沸点が変化することについて、第2回のスタジオ部分で補足説明を行った。

 筆者は当時、私立の中高一貫校で非常勤講師をしており、中学校2年、高校1年の理科(地学)の授業で、放送済みの番組のVTRを使用した。その際に書き込ませた生徒の視聴感想やレポートを集計し、担当ディレクターと番組内容を検討する際の参考資料とした。

 

再放送とwebサイト開設

 ジュニアスペシャルは2000年3月に放送が終了したが、再放送の要望が多数寄せられたこともあり、同年9月から12月まで、あらたに設けられた深夜の再放送枠である、「ETV深夜館」で、毎週火曜と水曜の深夜に、2本ずつ再放送された。

この再放送にあわせて、あらたに番組のwebサイトを開設して、番組の利用の際に参考にしてもらうように、資料をそろえることが試みられた。

 すでに一般公開されている「学校放送オンライン」の下に、NHKジュニアスペシャルのページを作り、再放送の前に、各回のあらすじと、内部リンクさせた用語集を用意して、番組の視聴者、特に学校関係者の利用に備えた。

 用語集は50音順でも検索できるようにし、2000年12月までに「人体」部分を除き433項目を用意した。2001年5月には「人体」編のあらすじと、この部分のアドバイザーでもある遠藤秀紀氏(国立科博)の執筆による「人体」用語集を追加し、完結した。

 このwebサイトについては、再放送の際に、テロップでURLを繰り返し紹介した効果もあり、かなりのヒット数を記録した。また、メールや要望の書き込みフォームを経由して、多くの意見や要望が寄せられた。その圧倒的多数が、見逃してしまった部分の再放送の要望であり、ビデオなどの教材としての発売の要望であった。映像素材の著作権の関係で、ビデオ教材としての販売は不可能であり、この点は残念ながら要望に応えることが出来なかった。また、深夜枠ではない、もっと早い時間帯での放送要望であった。再放送で番組の存在を初めて知ったという声も多かった。

 好評であったため、2001年度にも、5月から7月にかけての深夜枠で、全40本の再放送が実現した。

 

2.放送メディア利用の注意点…刷り込み効果

 地学の場合、対象とする地学現象のスケールが大きいことや、時間スケールを変えて変動を取り扱う際に、化石生物の生態や大陸移動のような大規模な運動は、教科書や参考書など活字メディアを通しては、イメージを伝えることに困難がある。

その点、映像メディアはCG(コンピュータグラフィックス)により、容易にイメージを可視化して伝えることができるのは、非常に有利な点である。

 一方でCGの利用は刷り込みの効果が大きく、無批判に番組の内容を受け入れてしまう可能性があり、制作者とともに、学校教育の場などで利用する場合は、使用者である教師も注意して取り扱う必要がある。

 また、CGの制作費が非常に高いために、映像が古かったり、内容的に不満があっても、既存のCG素材を流用せざるを得ないことが多かった。デジタル技術の進歩により、将来はこの状況が改善されるものと期待される。

 テーマとして化石生物を扱う場合など、VTRがCG主体になる場合は、スタジオで化石標本や現生の実物標本を用意し、バランスを取るように配慮した。中学生の感想を集計すると、CGを「つくりもの」とみなし、実物の標本に親近感を持つ生徒と、CGの方がわかりやすい、と、実物ではなく仮想現実の映像を歓迎する生徒に二極化する傾向があった。前者の存在は、テレビ番組だけでなく、ゲーム機やコンピュータを通じた仮想現実環境が氾濫している現状で、こどもたちの一部に、本物とつくりものを区別する、一種の免疫が出来ていることを示唆するのかもしれず、興味深い。

 ナレーションのコメントのつけかたによっては、予備知識がない視聴者の誤った理解につながる場合がある。例えば、オーストラリア・ハメリンプールの現生ストロマトライトが、生物の作った構造ではなく、生物そのものである、と受け取られてしまったり、シアノバクテリアがハメリンプールで35億年のあいだ生き続けている、といった誤解が生徒のアンケートでは多く見られた。このような思いこみを訂正するのは簡単ではない。

 再構成して制作する際に、細心の注意を払ってコメントを書き直していても、元番組の段階でできてしまった思いこみがなかなか修正されない場合があった。このため、番組の内容に関して、より詳しい補足説明の必要を痛感した。このことが、後にwebサイトを開設することにつながった。

 

3.放送メディアの可能性

この番組の場合は、学習指導要領は参照しているものの、もとになった番組が大人向けの教養番組であることから、どうしても学校教育の枠組みとは一致しない部分がある。

例えば、太陽活動や超新星爆発の観測にニュートリノを用いるという話題は、ニュートリノが何であるかという説明を、小学生にわかるように解説するのはどう工夫しても30分の番組ではできない。しかし、その観測で何がわかったかということだけなら、小学生にも、ある程度の理解、あるいはイメージづけが可能である。

 学習の動機付けのためには、こどもにとってやや高いハードルがあっても、大人が見ても興味深い、新鮮な素材を提供することが効果的である。制作側では、「ホンモノを伝えよう」というのがひとつの合い言葉になっていた。こどもの興味・関心を引き出すような利用の仕方により、学校教育の現場においても、このような番組の利用価値が出てくるのではないかと考えられる。

 

視聴率表、番組視聴レポートや、視聴者からのはがき、faxなどによる反響は、全般に好意的な評価であった。スタジオ部分で出演者の女性タレントの言葉遣いに敬語表現が不足しているという批判があり、これは途中から修正した。

特に興味深いのは、就学前児童の視聴率が高いことで、3歳〜5歳児が「食い入るように視聴している」という報告が多数寄せられたことであった。

NHK内部では、試写の度に内容が難解すぎるのではないかという懸念が多く述べられていたが、再放送を繰り返すたびに、そのような声は小さくなっていった。こどもが抵抗なく番組の科学的内容を受け入れていることを認めるとすると、むしろ、大人の地学あるいは自然科学一般に対する拒否反応が、そのような懸念あるいは批判を産んでいたとも考えられる。

 

4.ジュニアスペシャル以後

 2000年3月にジュニアスペシャルのシリーズは放送を終了し、その時間枠は、2000年4月から、新番組「科学デジタル質問箱」の放送に置き換えられた。この番組では、webとの連携を深め、こどもからの質問をメール、fax、手紙などで受け取り、その中から取り上げた質問に、CGキャラクターが紹介するVTRクリップや、各分野の専門家インタビューで答えるという形式を取っている。

 この番組は、「植物のふしぎ」「動物のふしぎ」「昆虫のふしぎ」「地球のふしぎ」などのテーマに分けて、こどもが興味を持つ自然科学の各領域をまんべんなく取り上げるようにしている。そのため、地学的な内容の占める割合はそれほど大きくないが、webサイトとの連動を活かし、こどもたちの質問に答えることで、視聴者との双方向性を維持するように工夫されている。

 番組で紹介できなかった質問の一部は、web上で回答するなど、番組を補完するメディアとして、webが有効に活用されている。また、夏休みなど長期休暇期間には、スタジオで専門家が質問に答える形式で、同様の番組である「デジタル不思議ボックス」が放送されている。

 学校放送(NHK教育番組部)では、このほかにも現在、理科・自然科学関連の番組として、総合的な学習や、環境教育向けに、「たったひとつの地球」「おこめ」などの番組を制作し、放送している。

 これらの番組では素材の制約はなく、取材のため各地の学校を訪問したり、webや学校放送テキストなど、同様に複数のメディアを通した展開を行っている。また、他の番組と同じく、番組委員会を通じて、学校教育現場からの声に配慮している。

 

放送メディアの視聴者に与える影響力は現代においても大きく、無視できないものがある。児童・生徒が家庭でTV番組を視聴する時間は長く、そこで良質の科学番組を提供することは、教育的意義があると考えられる。

 何が良質の番組ソフトかというのは議論の多いところであるが、これまでの自然番組、科学番組は、ともすると情緒的な扱いに終始したり、内容の質が必ずしも一定していない民放の番組が目立ってきた。その点で、再構成番組でも、論理性を比較的強く打ち出し、天下りの映像提供ではなく、番組内での質疑応答を組み入れるなどの、ジュニアスペシャルなど最近の学校放送番組での工夫は、地学教育の基礎的な部分での普及にもつながる、放送メディアのひとつの可能性を示しているものと考えられる。

 ここ2,3年のインターネット利用の普及により視聴者と制作側の双方向ネットワークは確保されるようになりつつある。今後もよりすすんだメディアミックスの形態で、番組ソフトや映像情報が提供されていくことになるだろう。

 特に地学教育の立場からは、これまでに蓄積された資料映像が学習に利用できることは、効果的な学習のために不可欠であると考えられる。

 その際に、現在まだ不十分である、著作権関係の処理の問題を解決することや、欧米各国では当然とされている教育目的利用の際の、映像使用料のディスカウントが、我が国でも一般化することを期待したい。

 また、映像を利用する側においても、メディア・リテラシーに関する意識を高め、情報の取り扱いに習熟する必要がある。

 

 今後の科学教育番組のありかたとして、双方向性はひとつのキーワードであり、特にwebサイトの拡充が、外側から放送局や番組制作者に対して働きかけるひとつの窓口になりうる可能性がある。

地学教育の充実は、良質の教材の提供にかかる部分は大きく、放送局の膨大な映像資産は有効利用できれば非常に大きな価値を持っていることから、いかに制作サイドに働きかけるかが、今後の戦略を考える上で重要である。既存の番組に対する評価だけでなく、学校や家庭で必要とされる番組のありかたや、新たな企画のヒントを提供するなど、より積極的に関わることの出来る可能性が開けつつある。

番組制作の現場では、なかなか視聴者やユーザーである学校現場の要望や感想が届きにくく、また外からの評価が直接的に届かない事情があったが、webの発達により、その事情は大きく変わりつつある。

webの発達と情報発信手段の分散化の進行にもかかわらず、テレビ放送、特にキー局の影響力は依然として非常に大きい。番組制作側では、科学番組や教育番組の制作担当のディレクターやプロデューサーが、科学に関して素人である場合が非常に多い。番組制作者と学校教育関係者あるいは研究者が、相互信頼のもとに協力関係を築くことが、長期的に見た場合でも、地学教育の充実のために重要になってくるだろう。

 

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学校放送オンライン

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NHKジュニアスペシャル

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科学デジタル質問箱

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